まほろばblog

Archive for 11月, 2011

セシウム汚染:微生物で約90%除去

土曜日, 11月 12th, 2011

 

広島の大学教授ら

 広島国際学院大の佐々木健教授(バイオ環境化学)らの研究グループは、

微生物を使って泥の中の放射性セシウムを回収する方法を開発した。

9月に福島市内で採取したヘドロでの実験では、セシウムを約90%除染することに成功した。

実験に用いた光合成細菌が、カリウムとよく似た性質のセシウムを取り込んだ可能性があるという。

佐々木教授は「汚染された土壌にも使える技術ではないか」と話している。

 バイオ技術を活用した放射性物質の除去を研究している佐々木教授と、

広島市の水道関連資材販売会社「大田鋼管」が9月、福島市内の公立学校のプールからヘドロを採取し現地で実験した。

細菌90グラムをアルギン酸などに混ぜた粒状物質をビー玉大にし、濃縮したヘドロ50リットルに投入。

3日間の放射線量を計測した。

 その結果、実験開始前に毎時12.04~14.54マイクロシーベルトだった放射線量は同2.6~4.1マイクロシーベルトまで減少した。

実験中、プール周辺では福島第1原発事故の影響で同1.2マイクロシーベルトの放射線量が測定されていたが、差し引くと最大89.4%除去できていた。

 実験に使った細菌は、表面にあるマイナス電気で物質を引き寄せる性質があり、プラス電気のセシウムを吸着した。

また、細菌はカリウムを取り込んで生きるが、取り込まれる際に似たような動きをするセシウムも吸収したとみられる。

 細菌を混ぜた粒状物質は、乾燥して焼却すると容量は75分の1、重さは100分の1に減る。

セシウムは温度640度でガス化し拡散するが、500度以下なら拡散しない。

 佐々木教授らは土壌での実証実験も予定しており、「常温常圧で、現地で除去作業ができるのが利点。

コストも安く、福島の再生のためにぜひ普及させたい」と話している。

【加藤小夜】毎日新聞 2011年11月11日 

放射能抑制の機能性として「味噌」などの発酵食品が全世界的に注目を浴びている。

その基は、他ならぬ微生物である。

それを特化して、そのものに視点を当てた事は、当然の成り行きなのだろう。

多くの研究家が、こぞってこの研究開発に挺身せられんことを。

 「雀鬼の人生哲学」

土曜日, 11月 12th, 2011

       
       
   桜井 章一 (雀鬼会会長)
        
    『致知』2011年12月号
   連載「20代をどう生きるか」より
 http://www.chichi.co.jp/monthly/201112_pickup.html#pick8

───────────────────────────────

 世間ではよく「意志は固いほうがいい」と
 思われているようだが、私の考えでは逆である。

 意志が固いために、たった一つの箇所を
 突かれただけで、コロンとひっくり返ってしまう。
 
 そして自分のプライドを崩されたような気になり、
 「こんな仕事は辞めてやる」と会社を飛び出し、
 引きこもりになったり、街中で暴力を振るったりしてしまう。

  「柔よく剛を制す」という言葉があるが、
  人間は心身ともに柔らかくあるべきというのが私の持論である。
  体や心を強固にして力ずくで相手に向かっていくと、
  反射神経が鈍り、柔軟な対応を取ることなど到底できない。

 建物を例にとってみても、
 コンクリートは頑強にできてはいるが、
 外部からの衝撃には非常に弱い。
 
 反面、木造建築は当たりが柔らかく、
 強い風がきても吸収して受け止めることができる。
 
 人間は最終的に体が固くなって死ぬように、
 若い子の体はお年寄りに比べるとずっと柔らかい。
 
 その柔らかさを十分に活用し、
 行動に移していってくれたなら、
 いい世の中を取り戻してくれるように私は感じている。
 
 また、心の柔らかさというものは、
 教わったことが入りやすいタイプと、
 入りにくいタイプとも関係している。
 
 まずは心を開き、精神を柔らかくしなければ
 教えは入ってこない。
 
 一つのことに囚われると、その考えにつかまってしまう。
 そうすると、その教えこそ絶対だと思い込み、
 他の考えをすべて否定してしまうようなことになるのである。

…………………………………………………………………
■桜井章一氏の名言(過去のインタビューより)
…………………………………………………………………

心を開いていない人ってのは素直じゃない。
それと勇気がないですね。

やはり、人間には精神と肉体しかないわけですから、
精神的には、心を開くこと。
それから肉体的には行動を惜しまないこと。
それによって、教わったことが身に付きやすい
伝導体質になって、成長の根源になると思います。

11.11「ありがとうの日」

金曜日, 11月 11th, 2011

今日から11月の感謝デー。

お節・お歳暮のパンフ類を発行するため、毎年半ばの開催。

チラシも盛り沢山で、一通り目を通すのも大変!

また、今日からのイヴェントも目白押し、気の抜けない11・11でした。

大阪からムソーさんの「お節試食販売会」の催し。

今会期中、ご予約の方には、5%割引きの特典つきです。

大阪の㈱大松食品の清水部長が来店されての説明会。

関東風、関西風の味の棲み分けもあって、地域食文化の語りにしばし耳を傾注。

例年の多い保存用甘味も気にならず、みなさん旨いうまいの連発。

予約される方々も多く、嬉しい限り。

明日は本店、日曜日は厚別店での試食会が続きます。

下の「無限心庵」では、大井ワコちゃんの『ホピの伝え』の語りの会を朝・夜二回開く。

ネイテブアメリカンのグレイト・スピリットと彼女の精神の根底にある霊性が共鳴する。

彼女には、先住民の実践哲学を伝える天命があるのだと思う。

その記念すべき第一回の語りの会、11・11・11に始まった、何かあるのかもしれない。

今後も各地で、開かれますように・・・・。

そして、2階では、「冬のうさと展」が開かれていた。

毎回、着実に愛好者が増えて行く。

今、タイは大洪水で、うさぶろうさんの工房も水がひかないという。

ましてや、住民の人々も、さぞや困窮しているであろう。

その手助けの意味でも、ご協力して戴ければ、幸いです。

やんじーもいよいよ、十勝清水でコミューンを開きます。

応援、よろしくお願いいたします。

ムゲンハート イノセンス プレート

金曜日, 11月 11th, 2011

ソフテリアで働いていた堀内洋子さんが陶芸を始められたとか。

先日、「無限ハート」をかたどった線香皿を送って来られた。

線香を一柱立てて見た。

何とも、煙の揺らぎが心に揺らめいて、遥か彼方に誘われる・・・・・

癒しの音、そして声

木曜日, 11月 10th, 2011

 

先日4日、ピアニストのウォン・ウィン・ツァン(黄永燦)ご夫妻とカウンターテナーの吉野大地さんが来店されました。

道内コンサートツアーの帰り、緒方さんが「無限心庵」に、案内されたのです。
緒方さんのご紹介で、ウォンさんがデビューの頃から、古いまほろばの店でCDを売らせて貰っていました。
何度かコンサートに足を運びましたが、その日初めてお話ししました。
神戸で生れ育ち、香港出身の華僑で、ご先祖は黄河流域一帯に住まわれていたそうです。
先日、如皋は揚子江一帯が日本人の源流ということを書きましたが、共に中国文明発祥の地で、何か浅からぬ因縁を感じました。
彼の音楽には、やはり中国大陸の無限性と、日本育ちの叙情性が織り成されて、
単なる繊細とかスケールといった杓子定規に当てはまらない音楽観が底に流れていて何とも不思議なのです。

地下で「MW」の神秘を説明すると、奥様が「私は美枝子・ウォンでM・W。私の事よ」ということで、ご機嫌でした。
これは奥様あってのウォンさんで、ご自身も大いに肯いて「異議なし!」何処も奥様立てて家庭円満なんですね。

http://www.satowa-music.com/

一緒にいらした帯広の吉野大地さんは、「ガイヤシンフォニー7番」のエンデイングを見事に唄われています。

彼のCDを聞かせて戴いて、その澄み切った歌声に深い感銘を受けました。

地元に、こんな霊性の歌を表現出来る方がいらっしゃることに驚きを隠せませんでした。

印度に長く滞在して、神の賛美歌バジャンに出会い、開眼したそうです。

きっと前世は、向うの方だったのでしょう。

http://www.turiya-music.com/

最後に、美枝子さんが気になっていた「エリクサー」。

丁度、浄水器を替え買える時だったそうです。

その話しを聞いた途端、直感的に、コレだ!と思ったそうです。

また、エリック・サティを、弾く用意があったそうで、シンクロしていますね。

エリクサー給水場前で、お二人して0-リングテストをしております。

強く離れず、バッチリで、決まりだそうです。

ウォンさんは、何でもお二人して0-リングで決定されるとか。

似ていますね・・・・・・(笑)。

また、再びとお会い出来ます日を。

 

 「慶應義塾生を魅了した『論語』の授業」

木曜日, 11月 10th, 2011

       
       
          

佐久 協 (作家・元高校教師)
        
『致知』2011年12月号
特集「孔子の人間学」より
 http://www.chichi.co.jp/monthly/201112_pickup.html#pick1

───────────────────────────────

 私は孔子と福沢諭吉がよく似ていると思うんです。

 私のような戦後教育で育った西洋的な感覚を持った人間は、
 個人と社会を対立させて捉えてしまいがちで、
 一人で頑張ったって世の中は変えられないという
 意識を強く持っているんです。

 けれども孔子も福沢も、
 個人が世の中を変えられると信じていました。
 
 
 孔子は、

 「人能(よ)く道を弘(ひろ)む。
  道の人を弘むにあらざるなり」

 と説いています。

 人が道を弘めるのであって、
 道が人を弘めるわけではないと。

 我われはすぐに政治が悪い、法律が悪いというけれども、
 我われ一人ひとりが道徳を実践することで
 少なくとも一人分は世の中がよくなる。
 社会と個人は対立しないという意識、
 これが孔子の思想の基本だと思うんです。

 福沢は

 「一身独立して、一国独立す」

 と説いています。

 独立した個人こそが国家を支える基盤になるという考え方ですが、
 孔子もまさにそういう気概で世に打って出ました。
 いま我われに求められるのはこの気概だと思います。

 
 ……………………………………………………………………………………
 ● 一日己に克(か)ちて礼を復(ふ)めば、天下、仁に帰す。
……………………………………………………………………………………

  「佐久流現代語訳」
  
  たったの一日でもいいから自らの行動をしっかりと見つめて、
  人として納得できる一日を送ってごらん。
  そうすれば世の中は確実にその一人分だけ
  理想社会に近づくものなんだから。

……………………………………………………………………………………
 ● 力足らざる者は、中道にて廃(はい)す。
   今、女(なんじ)は画(かぎ)れり。
……………………………………………………………………………………

  「佐久流現代語訳」

  力不足の者は、やれるところまでやって倒れればよいのだ。
  お前は、やる前から自分で自分に限界をつけているだけだ。

……………………………………………………………………………………
 ● 下学(かがく)して上達す。
……………………………………………………………………………………

  「佐久流現代語訳」

  身近なことからコツコツと学び、
  その積み重ねによって仕事や人生の奥義をきわめよう。

  「鬼の土光、仏の土光」

水曜日, 11月 9th, 2011

             
       
            牛尾 治朗 (ウシオ電機会長)
        
            『致知』2011年12月号
             巻頭の言葉より

─────────────────────────────
 
 政治経済の混迷ぶりを憂慮して、
 かつて国の行財政改革で大きな実績を上げた
 土光敏夫さんが改めて脚光を浴びています。

 私が土光さんとご縁をいただいたのは、
 昭和六十年に開催された
 国際科学技術博覧会(つくば博)の時でした。
 
 つくば博は、当時まだ安い標準品の輸出で
 成り立っていた我が国が、新たに科学技術立国のイメージを
 世界に発信していく目的で企画されました。
 
 会長に就任した土光さんのもと、
 私は基本構想委員会の委員長という大役を仰せつかったのです。

 委員会を開催するにあたり、
 土光さんは三十五歳も年下の私に、
 
 
 「勉強のために若い君たちが運営する委員会に
   ぜひとも出席したい」
  
  
 とおっしゃいました。
 ただし、絶対に自分には発言させないでほしいとのことでした。

 それでも実際に委員会が始まると、
 
 
 「土光会長はこれについてどう思われますか」
 
 
 とゴマすりで発言を求める人が何人かいました。
 土光さんはそれには応じず、

「せっかく君たちが一所懸命に議論しても、
 自分が話せば意見がそっちへ流れてしまう。
 
 自分の役割は理事会での反対を払いのけて
 君たちの原案を通すことだから、
 頑張って議論を尽くしてほしい」

 と説かれたのです。我われ委員会のメンバーが
 奮起したことは言うまでもありません。

 委員会を欠席された時は後から必ず面会を求められ、
 会議の内容について熱心に質問を受けました。
 土光さんが手にする議事録には
 いつも赤線がびっしり引かれていました。

 石川島播磨重工業や東芝の再建に
 取り組んでおられた頃の土光さんには、
 その猛烈な仕事ぶりから
 「鬼の土光」のイメージを抱いていました。
 
 しかし私が出会った頃の土光さんは、
 若い人の引き立て役に徹する
 「仏の土光」でした。
 
 自分の使命や、年下の我われにも、
 真摯(しんし)で謙虚な姿勢を貫かれた姿には
 心底感銘を受けました。
 

有機生姜の菅原さん

火曜日, 11月 8th, 2011

先日ひょこり、由仁町の菅原徳八さんが来店された。

有志で立ち上げた「農事組合法人ユニファーム」の蔬菜部の一員でもある。

しかも「北海道オーガニック推進協議会【ホスク】」の認証団体に属している。

菅原さんは、道内では珍しい生姜の生産者でもある。

まほろば農園と同じような蔬菜をハウス11棟で作っている。

そのほか、籾殻薫炭を作ったり、鶏を飼ったりしている。

地温が12℃以上になる5月末に株を植え、10月20日頃収穫する。

その間、5ヶ月、元々東南アジアが原産なので、北国での栽培は難しい。

国内では高知辺りが主産地で、畢竟それ以南が適正地ということになる。

しかも貯蔵を14℃常温に保たねばならないので、その施設がないため、

11月一杯で、売り切ることになる。

通年、菅原さんの生姜に、お目にかかることが出来ないのだ。

保存も大変なので持たない、まほろばの店頭にも今の間しか出ない。

そんな難しい根物に挑戦する菅原さんは、何かまほろば農園と似ている所があって微笑ましい。

儲からないと知ってあえて挑戦するその心意気が嬉しい。

見るとビックリするほど、飛び切り上等な生姜で、味もまた良い。

是非、今のこの時、一期一会で使ってみてはいかがですか。

キーンさんと日本文化

火曜日, 11月 8th, 2011

先日の文化の日、D・キーンさんの対談があった。

キーンさんといえば、川端康成や三島由紀夫の活躍の頃、しばしば文壇に登場していた。

「源氏物語」などの『もののあはれ』を解する稀有な親日家で、あのラフカデオ・ハーン以来の方ではないか。

日本籍も取得して、日本人として生を終えようとするその潔さに感心しながら、今の現代日本人は、

氏の万分の一も日本を解していないかもしれない。

余りの無知加減さに、私などは赤面するばかりだ。

外国へ行っても、向うで尊重されるのは、自国の文化を熟知して披瀝出来る内在力で、決して外国語ではないという。

そんなキーンさんが、あの余りにも有名な芭蕉の名句を見事に解説してくれた。

永遠と瞬間、彼岸と此岸・・・・・何か、無限心庵の解説のようになるが、

宇宙や自然の成り立ちを、五七五の中に凝縮させる俳句のスゴさ。

しかも、観念でなく情緒の彩りで、根底から歌い上げる日本語の深さ!

私達は、もっともっと祖先の遺産を学び、受け継がねばなりませんね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

キーン : 俳句の面白さも、書かれていないものにあります。

たとえぱ、.とても有名な俳句ですが、

『古池や蛙飛び込む水の音』

つい見過ごしてしまいますが、ここに多くの含みがあります。

たとえば、古池という言葉は、芭蕉の前にあったかどうか疑問です。

おそらく「古池」とは芭蕉の造語でしょう。

考えてみれぱ、池はどんな池でも古いものです。

どうして、限られた17字に「古」という字を入れたのか。

ここでは古池」が永遠に流れる時を意味し、

「蛙飛び込む」が瞬間を意味します。

つまり「永遠」と「瞬間」という両極端の世界が、

対時した刹那が表現されているのです。

幾何学的に見て「古池」が横、「蛙」が縦

その瞬間恒生ずる水の音…。

素晴らしい。

あの俳句は、見事なものです。

全部言ってしまつたら、それ以上想像できない。

しかし、十分な目印を見付けられたら、

それまで感じられなかった喜びを感じることができます。

中山 : 語り尽くさないことで、自分が参加していける喜びがある。

世阿弥の風姿花伝にある『秘すれば花』という美学にも通じます。

 「信用は使ってはならない」

火曜日, 11月 8th, 2011

       
       
 黒田 しょう之助 (コクヨ会長)
        
    『致知』1999年11月号
  特集「本物は続く、続けると本物になる」より
            

         ※肩書きは掲載当時です。

────────────────────────────────

人の信を得るということ、
つまり信用を築き上げるということは
一朝一夕にできないことは皆さんよくご存じです。

創業して間もない企業や中小企業は、
何とかして信用のある企業といわれるようになりたいと、
トップから一般社員まで大変な努力を続けておられると思います。

こうして真剣な努力を続けていると
その成果が上がってきて、
信用のある会社だといわれるようになります。

間題はその後です。

ある程度信用ができてくると、それを使い始める。

会社や社員の姿勢がだんだん高くなってくるわけです。

つまり「君、それくらいのことは何とかできんのか」
ということで、無理を言うことが起こってくる。
こちらが無理を言わなくても、先方から
「支払いはそんなに早くしてもらわなくても」
と言ってくれるようになる。

納期が多少無理でも、
徹夜してでも間に合わせてくれるようになる。

しかしそれに甘えて信用を使い出すと、
長い年月をかけ、血のにじむような努力によって
蓄積してきた信用が取り崩されてしまう。

先代はこのことを戒めて、次のように言いました。

「信用は世間からもらった切符や。
  十枚あっても、一枚使えば九枚になり、
 また一枚使えば八枚、といった具合に減ってしまう。
 
 気を許すと、あっという間に信用がなくなってしまう。
 特に、“上が行えば下これを習う”で、
 上に立つ者ほど注意しなければいけない」 と。
 
 
金は使ったら減るのはわかるが、
信用というのは目に見えないだけに
減ることがわからない。

先代はさらに

「信用は使ってはならない、
 使わなければどんどん増えていく」

とも言っていました。

(記者:使えば減るというのは当たり前ですが、
    つい忘れてしまいがちなことですね)

そうなんです。当たり前のことなのにできない。
事業をやるからにはどなたも最初はわかっていると思います。
要はそれを続けるかどうかです。

創業者の時代は見事にできていたものが、
年を経てくると信用よりも銭金の方が大事、
あるいは建物が立派な方が大事、という具合に
価値そのものが変わってくる。

幸せなことに私どもは大事なことが変わらなかった。

なにも人様の前へ出て話すようなことではないんです。
もう本当に三度三度のおまんま食べるぐらいの
当たり前のことばっかりなんですが、
当たり前のことがなかなか続かないんですね。

……………………………………………………………………………………