まほろばblog

「はなちゃんのみそ汁」

7月 10th, 2014
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30周年記念まほろば便りへ、お言葉を寄せて戴いた中に、

東京のタカコナカムラさんのメッセージがあった。

その中に『はなちゃんのみそ汁』のことが書かれてあって、

まほろばとの関わりについて説明されていた。

何と、今朝、朝日新聞の「天声人語」に、同じように、

今は亡き安武千恵さんやご主人の信吾さんやはなちゃんのことが綴られてあった。

二人とも、まほろばにいらしたこともあって懐かしく、他人事とは思われない。

近々に映画化されるというから、

千恵さんの置き土産は大きい。

小さい千恵ちゃんが、健気にお父さんと一緒に生きてゆく姿に、

どんなにか、多くの人々が勇気をもらうだろうか。

 

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「へうげ・めんつゆ」登場!!

7月 9th, 2014

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「へうげぽん酢」¥1280   「へうげめんつゆ」¥890 

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「うまい!これぞ、めんつゆ!!」

まほろばオリジナルに『へうげ・めんつゆ』が加わりました!!

遂に、この30周年記念に間に合ったへうげシリーズの「めんつゆ」と「ぽん酢」。

日本一のオーガニックソースの製造メーカー、徳島の光食品さんです。

島田社長のご好意で、小ロットで作っていただきました。

「へうげ醤」をベースに、「七五三塩」「ひふみ糖」を加え、

「イイお嫁さんの素」を原料から煮出して、ダシを取るといった凝り様。

これには、いさかかビックリ致しました。

その全工程を公開します。

特選の材料に加え、特別の仕立て。

これぞ、極みといった感じです。

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「緊急!ライヤーLIVE」 in まほろば

7月 9th, 2014

池末みゆきさんA4まほろば

 

今日、突然、緒方さんから電話があり、

「これから、ライヤー奏者の池末みゆきさんをお連れします」とのこと。

以前からお話でお聞きしていたグランマーの池末さん。

今年、76歳と言うご高齢に関わらず、全国、

いや世界を又にかけて、ご活躍されていらっしゃる。

シュタイナー教育に目覚め、61歳まで幼稚園長として挺身されていた。

最初、チェンバロなどの古典楽器を学び、

ヨーロッパの古楽器奏者を家に複数住まわせながら応援されていたとか。

その為か、あのチェロの前身ビオラ・ダ・ガンバなども弾かれるという。

そんな系譜から、レムリア文明からあったというライヤーは、

自分の分身のように思え、最初から自在に弾かれた。

地下洞「無限心」にご案内したところ、

「ここで弾きたい」とおっしゃられ、

それでは、すぐに、ということで、

来る19日(土)7:00から、まほろば本店地下で、

急遽、演奏会を催すことになりました。

会費は、投げ銭コンサートですので、各々のお志を戴ければ、と存じます。

定員30名、是非ご来場くださいませ。

 

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お客様と「二人同行」の旅路

7月 8th, 2014

神戸の鳥本さまから毎朝FAXが届きます。

毎日、その励ましのお言葉に勇気付けられて仕事に励みます。

今日も忘れかけていた6年前の創業祭の一文を送ってくださいました。

「30周年の七夕に寄せて」

    『二人同行』

30年前に生まれた地上の星座「まほろば」

宮下ご夫妻様の二人同行、そして

スタッフの皆様との二人同行、そして、宮下様がお書きになられているように、

「お客さま」との二人同行

キラキラキララキラッとキラリ輝くような美しい笑顔。

皆さまの優しさのルーツは、ここにと・・・・そして、

Maho Vegi(まほろば自然農園の野菜)の美味しさも、と思うと、

つい綴りたくなって・・・・・・・・・・・・・おじゃまFAXごめんなさい。

お赦しくださいませ。

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創業24周年

お客さまと共に

「二人同行」の旅路に

十二時の周円を二度巡る今年。

四分の一世紀を来年に迎えんとするこの七月。

無我夢中で駆け抜けて来た今。

思いしは、ただこの一日、この一時、この一瞬。

後ろを顧みず、前を望まず、今日を一期として、精一杯働いて来た。

そして、多くの人との絆、豊かな自然との繋がり。

その形無き宝が、まほろばの命となり、道となった。

ただ子女の健やかならん事を援け、

人の康らかならん事を願い、

仕入れに心砕き、農に汗水を流し、

たよりに精を費やした日々。

或いは遠方に送り、近くに配り、

或いは物の由来を語り、人の按配に労した月々。

その繰り返しの年々、また歳々。

しかし、何れの世に在りても、 良き物を選び、

優れし品を作り、人の元に届けんことを願うこと一つ。

天の意に叶い、自然の気を穢さず、

人の和と成らんことを祈ること一つ。

長くして短きこれまでの道筋。

短くして長きこれからの道行。

お客様と伴に、
                                「二人同行」の旅路。

それは、愉しくも愉しき
旅の歓び。

有難くも有難き人の恩義、
                                物の恩恵、天の恩寵。

 

それは、ただ有難し。

 

 

平成二十年七月四日 記す

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30年間、ありがとうございました。

7月 7th, 2014

昨日で無事、30周年創業祭を無事終了することが出来ました。

まほろば一同、長きにわたるご愛顧に、心から感謝申し上げます。

まことに、ありがとうございました。

夫婦二人から始めた生業(なりわい)が、

このような大きな果をもたらすとは、思ってもみませんでした。

今日から、またみんなで初心に戻り、第一歩を踏み出して参りたいと存じますので、

一層のご鞭撻、ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

宮下 周平・洋子 従業員一同

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有岡さん逝く

7月 3rd, 2014

一昨日、志木市の有岡真さんがお亡くなりになりました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

もし関東方面で、お知り合いの方がいらっしゃれば、と思いお知らせいたします。

今晩6:00から、東上セレモニーホール新座でとり行われます。

明日の葬儀は、親族の方のみでの野辺の送りです。

有岡 2

札幌出身の彼とは、20年ほどのお付き合いでしょうか。

気鋭の編集者として知られている有岡さんからは、

多くのことや、多くの友を知ることが出来ました。

食を語り、音楽を語り、尽きない話題に時を忘れました。

これから、晩年に向かい、ゆったりと遊興に身を投じられる矢先に。

ご冥福を祈り、あの世での語らいを楽しみにしつつ・・・・・・。

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郷に帰りて友と懐しむ

 

まほろば創業30周年記念、最大の大売出し!

7月 1st, 2014

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まほろば創業30周年を記念して、来る4.5.6日に

「大々売り出し・感謝祭」を開催します。

目玉商品が、目が回るくらいあってあってあり過ぎます!!!!!!

エリクサー1台が当る抽選会もあります!

その他、景品多数揃えております。

ぜひぜひ、お越しくださいね。

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発酵文化促進機構総会から

6月 29th, 2014

昨日、東京日本橋の「豊年萬福」で「発酵文化促進機構」の定期総会があり出席した。

朝3時まで原稿、仮眠をとって仕入れに、帰るや飛行機に飛び乗って一路、日本橋室町へ。

終わって、9時過ぎの飛行機があいにく遅れ、帰ったのは夜中の1時過ぎ。

いささか60過ぎた老体には酷な一日であった。

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この総会報告に、26年度の事業計画報告が注目された。

一に、発酵技術事業で、肉・鶏・野菜・イカ・オキアミの醤油の開発の着手予定が面白い。

それと、寺田本家の神埼町に「仮称:発酵食品・道の駅」が開設されて、全国の発酵食品を紹介するという。

地元や首都圏中心に車を利用されることを見越して、インターチェンジのそばに建設中とか。

いよいよ、発酵道開通ですね。

また、10月3日に、日本橋YUITOで、テーマ「味噌力」の講演会があります。

お近くの方は、ご参加ください。

 

その後、小泉武夫理事長のお話。

例のオランダハーグにおける捕鯨問題の裁判は、報道されているような決議や一方的なものではなく、

余り知らされていないその前文に、日本の正当性が詳しく述べられている、という。

為に、すでに北大西洋捕鯨は再開され、いずれ南氷洋も再開されるもようです。

世界から、捕鯨国日本が悪者にされているようですが、

そもそもIWCが日本に委託して調査捕鯨を任されている事が知らされていない。

すでに、シーシェパードは世界的テロ集団として国際指定されている。

今、食べている鯨肉の多くは、ノルウエー・アイスランドの商業捕鯨で漁獲されたものである。

現在、世界の海は大変なことになっている。生態系が狂い、加えて異常気象が続く。

ミンク鯨が78万8千頭、シロナガス鯨が100万等、人間が魚介を食する4.7倍も食べており、

海の生態系が崩れ、大衆魚が全く取れなくなって来ている。

今、BSE、鳥インフル、1000万頭の豚感染で、動物性蛋白が食べられないような時代を迎えている。

牛肉1kg造るのに、穀類7kg必要だ、つまりCo2を後押しする。

だが、牛70億頭の糞尿が土と海に染みて、硝酸化している。

加えて牛のゲップがメタンを放出することCo2の17倍と言う。

捕鯨反対のアメリカには、プロパガンダと人種差別が根底にあると指摘。

だが、飼料も要らず、環境も汚さずして、鯨1頭で、8000人が養われる。

まさに「クジラは、人類世界を救う」とは、真実である。

 

そして、先生はさらにアゴに本枯れでカビ付けしたダシを発表。

さらに、今沖縄の泡盛などの黒麹文化と石川県のフグの麹漬けの

2つを世界無形遺産に指定されるよう働きかけているとか。

またNHK総合TVの「小泉武夫の発酵漫遊記」で、

「なまぐさこうこ」「「ひっぱりうどん」「たから漬け」「いさじゃ」などの

余り知られていないスゴイ発酵食を紹介された。

発酵は未知ですね。

 

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そこに、「降りてゆく生き方」の森田さんがいらして、

10月13日(月・祝)のまほろば創業30周年イベントで、

小泉先生の記念講演を1時から、ついで「降りてゆく生き方」の上映、

そしてパネルトークという骨子が確認された。

前日の12日は、前夜祭のお祭り騒ぎで、色々企画案が持ち出されている。

多くの方々を呼んでのトークショーやコンサート。

そして、多くの関係者に出展して頂いてみんなで盛り上げましょう、

と言うことになりつつあります。

グッドアイデイアがありましたら受け付けておりますので、

どしどしご提案くださいませ。

昨日の1日で、難題の10月イベントに光が射し、出版にも目途がつき、

出向いてよかったなということになりました。

ご期待ください。

「人間は不可能を可能にできる」

6月 29th, 2014

塩見志満子(のらねこ学かん代表)

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※『致知』2014年7月号
特集「自分の花を咲かせる」より

└─────────────────────────┘

――塩見さんはもともと学校の先生でいらしたのですね。

はい。だけど、私は本当は
「おまえは先生にはなれん」と言われていた人間なんです。

生まれたのは愛媛の農家で、
よく生きておられたなと思うほどの貧乏でした。

6人きょうだいの4番目で

「この貧乏な百姓だけは嫌だ。
何としても働いて大学に行きたい」

とずっと思っていました。

それで高校を卒業する時、担任の先生に

「先生のような国語の教師になりたいです」

と言うたら、即座に

「なれん。おまえのところは
貧乏だから大学には行けん」と。

昭和30年の話です。

その先生は続けて、

「それでもどうしても教師になりたかったら短大へ行け。
いま女性の体育教師が不足しとるから、
その資格が取れるかもしれん。
そして愛媛に戻ってきて、わしと一緒に教員をやろうや」

と言ってくださいました。

でもね、私は学校の授業で一番苦手なのが体育だったんです。

「先生、こらえて」と言いましたら

「そんな贅沢を言いよったら、教員になれんぞ。
百姓して貧乏に耐えるのか」

と言われて、
東京の日本女子体育短期大学(現在の日本女子体育大学)を受験しました。
幸いに合格できましたけど。

――学費はどうされたのですか。

私の思いを知った船員の兄が
入学金を用立ててくれたんです。

授業料は近くの映画撮影所でエキストラのアルバイトをしたり、
寮の掃除や炊事の手伝いをして納めたのですが、
とても払いきれずに、後に東京で体育の教師をした1年半でようやく完納しました。

――苦手だった体育は克服されたのですか。

短大に入った1年目は

「荷物をまとめて帰りなさい。
あなたはここにおっても卒業できん」

と何回も言われました。

だけど、不可能は可能になるものなんですよ。

「負けてなるか」と思って毎朝4時に起きて6時までの2時間、
誰もいない体育館でバレーボールやバスケットボール、跳び箱などの練習をしました。

そうしたら6か月後には皆から褒められる学生になったんです(笑)。

その時、心の支えになっていたのは
短大進学を勧めてくださった高校の担任の先生の言葉です。

先生はおっしゃいました。

「わしは30年間教員をしてきたけれども、
得意な教科の教員になると、苦手な生徒の心が見えん。
苦手な教科の教員になると、苦手な者の気持ちが分かる。
そうするとクラスの生徒は、皆おまえの授業が好きになるじゃろう。
騙されたと思ってそうしてみい」と。

――それで、卒業後は東京で体育の教師に。

短大2年で中学校の教育実習に行った時、
その校長先生が

「どうか東京におって、
ここの教員になってくれ」

とおっしゃいましてね。

僅か2週間教育実習をしただけで

「先生、私は何も実技ができません」

と言ったんですけど

「おまえはここに必要とされている人間だ」と。

――よほど気に入られたのでしょうね。

いまでは考えられませんが、学校がある世田谷の田園調布は
ものすごく貧富の差が激しいところでした。

毎朝、車で送迎される子と、橋の下に住んでいるような子の両方が
同じ中学校に通っていたんです。

私は貧しい子供たちのために、
毎日おにぎりを握っていっては

「食べなさい。
私も同じように貧乏だったよ」

と手渡していた。

それをどこかで校長先生が
ご覧になったのかもしれませんね。

* * *

その後、最愛の息子を事故で突然亡くし、
さらに人生のパートナーであった
ご主人も交通事故で他界。

塩見さんはその絶望的な状況をいかにして乗り越え、
いまも前を向いて歩き続けているのか。

塩見さんが語った「人生で大事な心構え」とは――。

……この続きは『致知』7月号インタビューP50~54をご一読ください。

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「降りてゆく生き方」5周年記念 2

6月 28th, 2014

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2日間にわたる公開セッション。

多くのゲストが登壇する中、参加するばかりだった私を、

直前に指名して,強引に登壇させる森田さんの荒業。

会場の方々も、予告のない何処の誰兵?と思ったに違いありません。

特に、午前中のゲストで、寺田本家さんの「むすひ」の話題になり、

その仕込み水としてエリクサーを創った本人としての意見を求められました。

この時、どういう訳か、水の話をさておいて、自分の半生、

ことに岡潔先生の情緒のこと、懐かしさのことなど、

人と異なる道を辿った経緯をお話しさせて戴きました。

これに、武田さんが共感の意を述べて下さったことに、

逆に、何とも言うに言われない感銘を受けました。

何か、心が通い合ったという空気に包まれたのでした。

一生涯においても、なかなかそのような感応道交する場面はあるものではありません。

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同じ北海道浦河の授産施設・「べてるの家」の向谷地生良代表は、来る8月、

「べてる祭り」が開かれることを紹介。

その中で、統合失調症の多い仲間が競い合う「幻覚妄想大会」を開くとのこと。

みんな宇宙人に会ったり、UFOなんかに乗ったと、それぞれ自慢話をするという。

幻覚がひどく、妄想度が高い人が優勝だ!

これには、ただ感心してしまい、逆手にとった療法でもあるワクワク感に、是非参加したいと思ったほどだ。

みんな何でもかんでも認めちゃえ!という精神のたくましさに、何ともありがたく思った。

コレまでに、どんな困難の中をかいくぐって来たのかと思われた。

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最終日は、「奇跡のりんご」の木村秋則さんも出演。

人懐かしい表情や話しぶりに、現代人が失った天真爛漫さにみな惹きつけられるのだろう。

だから、自然栽培と言う何も為さないという境地に至ったに違いない。

木村さんも龍やUFOの話を盛んにされるというが、彼もべてる級なのだ。

そんな純真さに、神からも人からも愛されたのだ。

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多くの懐かしい友に会い、また多くの友を得た、実りある会であった。

家内に会うためわざわざ東京から息子さんと一緒にいらしたタカコ・ナカムラさん。

来月また「インテグレードマクロビオティック講座」が開かれる。

http://wholefoodschool.com/course/im_basic_140719.html

タカコさん、そこでセラピーカレッジ校長の池田明子さんとバッタリ再会を喜び合う。

その方、あの梅沢富美男さんの奥様と言う。

札幌でセミナーがあり、その時是非まほろばにお寄りしたいとのこと。

最終日、帰路のため途中退席して、成田を後にした。

今回は、多くの知人を得たこと、多くの生き方と繋がったことが収穫だった。

10月、札幌でも創業30周年を記念した「まほろばまつり」を開催する予定。

これを機に、札幌でも毎年お祭りが開かれることを期待したい。

降りてゆく生き方の降りる大地にしたい。