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「苦しみの日々、哀しみの日々」

火曜日, 10月 22nd, 2013

鈴木 秀子(文学博士)

『致知』2013年7月号
連載「人生を照らす言葉」より

1102984551[1]

詩人・茨木のり子さんの詩に、
「苦しみの日々 哀しみの日々」という作品があります。
分かりやすい詩ですから、そのままご紹介します。

苦しみの日々

哀しみの日々

それはひとを少しは深くするだろう

わずか五ミリぐらいではあろうけれど

さなかには心臓も凍結

息をするのさえ難しいほどだが なんとか通り抜けたとき 初めて気付く

あれは自らを養うに足る時間であったと

少しずつ 少しずつ深くなってゆけば

やがては解るようになるだろう

人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も

わかったとてどうなるものでもないけれど

(わからないよりはいいだろう)

苦しみに負けて

哀しみにひしがれて

とげとげのサボテンと化してしまうのは

ごめんである

受けとめるしかない

折々のちいさな刺(とげ)や 病でさえも

はしゃぎや 浮かれのなかには

自己省察の要素は皆無なのだから

茨木のり子さんは大正十五年、大阪府に生まれました。

上京後、学生として戦中戦後の動乱期を生き抜き、
昭和二十一年に帝国劇場で見たシェークスピアの
『真夏の夜の夢』に影響を受け
劇作家としての道を歩み出します。

その後、多くの詩や脚本、童話、エッセイなどを発表し、
平成十八年に八十歳で亡くなります。

茨木さんの作品はどちらかと言えば反戦色が強く、
過激なものが目立ちますが、
「苦しみの日々 哀しみの日々」はそれとは趣の異なる、
内省的で穏やかな詩の一つです。

おそらく作者自身、いろいろな人生体験を経ていて、
それを克服していく過程でこの詩は生まれたのでしょう。