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2011年03月09日

●偽まほろばブログ ・・・新生主人・・・

生涯の知音というか、文章の師と言おうか、
我が後半生に華を添えるに、この方無くしては語れない。
酒盞を渡せば、李白の酔然たる足許を想い、
文学を語らせては、酒豪の底無しに似て淵なし。

先ずは一献傾けつつ、彼の名文を味わいたし。

                        まほろば主人

新生主人.jpg

偽まほろばブログ 
        〜奥田政行シェフ食事会について〜


                         まほろば酔客(新生主人)

「社長宛、匿名のファックスが届いています」
スタッフのゆかりちゃんが、数葉の紙を持ってきた。
その文章は、サインペンでなぐり書きした金釘流、ひどく読みにくいうえ、
誤字脱字も多いので、島田編集長に校正をお願いし、
一部加筆して、なんとか読めるものになった。

先月の奥田政行シェフの食事会について、
ある程度の雰囲気がおわかりになると思い、掲載してみました。

「空腹は最高の調味料である」
という賢人の至言を思いだしながら、
愚老たちは、伝説のシェフを追った映像を観ていた。
2本のテレビ番組でシェフのプロフィルが、わかりはじめる。

それから、ご本人が登場。
下は正式土下座の作法から、上は大いなる世界観まで。
料理と食材を満載した痛快このうえない物語を、450枚のスライドで語ってくれた。
                       (島田編集長注・正確には約300枚くらいでしょうか)
厳父のドライブイン破綻という地獄から、庄内に食のパラディーゾ(天国)を築くまで。
波瀾万丈、世界を股にかけた勁く静謐な物語を。

感動が支配した空気のなか、いよいよ待ちに待った実演と食事会である。
奥田シェフが熱したフライパンに、ひとつまみの塩を散らし、エゾシカの生肉を置いた。

−−−瞬間、昔読んだ文章が蘇った。塩と地獄と天国と。
『アリス・B・トクラスの料理読本』の序に、谷川俊太郎さんが詩を寄せている。
題は「ひとつまみの塩」。
詩人はこう書いた、
−−−レシピはとっくの昔に書かれているのだ

奥田シェフは肉の両面を軽く炙る。
スタッフが紙の皿を配る。
それを受け取るひとの背中が交錯する。
その、僅かに視界が遮られた、次の場面で、逸品が眼前に出現した。

シェフは無駄のない動きで、ふたたび塩をひとつまみ、今度は春菊を加熱する。
料理をしながら淡々とした口調で問う。エゾシカに一番ふくまれているのは、何でしょう。
すかさず左端の女性が答える、鉄分!
そうです、血液が多いので、鉄分が多い。春菊も、鉄分が多いんですよ。
だから、エゾシカと春菊は相性がいいんです。簡単な料理ですね。

なるほど。レシピは、とっくの昔に書かれていたのかもしれない。
狩猟の昔から、この調理法はあったはずだ。
しかし、誰もが極上の一皿を手にすることはできない。
力自慢が力まかせに、熱した玉鋼を叩いても日本刀は出来ないのと同じことだ。
刀匠の熟練が、それを可能にする。
奥田マジックは、そこにこそ存在する。

谷川さんの詩、次の2行。
天国と地獄を股にかける料理人の手で
だがひとつまみの塩は今ぼくの手にあって

シェフの実演は流れるようにつづく。オリーブオイルをフライパンに注いで熱し、
グリッシーニを加える。前列の女性が、料理をわけてくれる。

周大人(ヂョウ・ターレン)の隣で試食中の貫録ある人物は、
ポール・セザンヌが中年の頃に描いた自画像に似ている。
この方が北海道におけるエゾシカ料理拡販の先駆者だと伺った。
       (島田注・周大人とは、弊社宮下周平社長のようです)

立食なので、背後からも会話が聞こえる。
−−それにしても、10品を越えるメニューを短時間に供するのは大変だったでしょうね。
低音が応じる。
何という良心的価格だろう。2,000円は安すぎるよ。
10,000円でもよかったと思うが、それをしない、ではなく、
それができない「まほろば」は偉い。宮下さんの人徳だね...
話は更に続く。皿もつづく。
−−−奥田シェフの話を伺って、やはり定型でない毎日の連続に対し、
いかに即応しているかが、わかりましたね。  

戸外は小雪が舞つてゐる。
嗚呼しかし、何といふ苦行だらう。
これほどの贅を前にしながら、
卓上には、一盞の清酒も、一杯の麦酒さへも無いのだ。

テーブルの料理を見つめ、瞑目して適応の酒を考える。
たとえば、43度の泡盛古酒を壺屋焼カラカラに注ぎ、
エリクサーで6:4に割って、ひと晩寝かせる。
ぐい呑みは金城次郎。

あるいは、40度の麦焼酎をエリクサーと半々に割る。
翌晩、黒千代香で温燗をつけ、酒盃は黒薩摩。
北の食材と南の酒。日本は広く、人生は短い。

いやいや、まほろばで飲むなら、やはり「純米大吟醸・和魂」だろうか。
冷蔵庫から取り出して2時間、室温に馴らす。
そうして、錫の盃で口に運ぶ。
はてさて、いずれも至福のひとときである。

食事の後、質疑応答の時間があった。司会は城越ゆかり嬢。
溌剌として顔を上気させ、予定外の場をスマートに進めてゆく。
ここで、奥田マジックの一端が披露されたのは喜ばしい。

宴が終わった。

ゆかり嬢の電話は、茶間聡子という女流シェフの片目が開眼するための
ワンプッシュだったのかもしれない。いずれ、両目が開眼するであろう。

周大人の開会挨拶は、簡にして要を得、多弁を弄さず、短くてよかったが、
閉会挨拶は、いつもの含蓄ある名調子。
博覧にして強記の数頁を披瀝し、参会者を刮目させた。

突然、賢夫人のご発言があった。      (島田注・賢夫人とは宮下専務のこと)
「・・・・霊極(たまき)る 天地(あまつち)の息吹き抜けし
     食(け)を生(き)のままに 調理(はかる)歓び・・・・」にはじまる感動のシーン。
シェフに電話したときの声質は、更に高かったと思われる。
このワンカットを再現するなら、俯瞰で撮影し、
静止画像の上に周大人直筆の和歌を墨痕淋漓とかぶせたいところである。
舞台は暗転。賢夫人の高揚した声だけが響く。
フェイドアウト

この日の出来事は、ジャスミン革命のように、世界に伝播したはずだ。
ブログに「満員の際は、ご容赦のほど、次回夏の企画にて」とあるので、
多くの予備軍は7月の食事会を切望するだろう。
次回は東京マラソンなみに、9倍を越える抽選になるかもしれない。
空前にして絶後とならぬよう、素晴らしい企画を期待します。
愚老もそれまでは摂生に摂生を重ね、養生し、痛風と格闘、膝痛を克服。
老骨に鞭打って、馳せ参じねばならぬ。
銀のフラスコボトルに蒸留酒を満たして。

ところで、還暦を待たずに逝った開高健。
健在ならば、今年80歳。同年のショーン・コネリーは、
傘寿を前にいまだ現役で活躍している。
作家は生前、酒田のフランス料理店、佐藤久一の「ル・ポットフー」を絶賛したが、
万が一ながらえて、鶴岡「アル・ケッチァーノ」を満喫したなら、
その達文はいかばかりだったろう。
快感に酔いしれ、躍ったモンブラン149は、
どんな文章を残しただろうか。

だが、食の朋友よ、かなわぬ夢と嘆じるには早すぎる。
知識、経験、筆力、味覚、記憶力。
いま、その衣鉢を継ぐのは、われらが周大人を筆頭とする。
現代のダ・ヴィンチ、いま空海、生ける扁鵲と、
八面六臂の活躍に、その令名は上がるばかりだ。

聞けば3月12日、奥田シェフに再会するという。
「奇蹟のテープル」の一部始終を、
まほろばファンは楽しみにしておりますぞ。

さて、
愚老も、帰りにエゾシカと春菊を求め、
一壷の濁酒を傾けながら、
ひとつまみの塩を振ることにしよう。

11.2.26. 奥田シェフ 立食会 古川.jpg
(中:「ふる川」社長・古川義雄社長、右:「新生主人」こと、三輪高士社長)

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