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2008年11月10日

●菌(くさびら)神社

くさびら神社 6.jpg

昨年、農大の小泉武夫先生に、エリクサーチーズ
「ti-tie(チッチ)『くさひら』」をお見せした。
それは数あるti-tieの中でも、超臭いまほろばチーズだった。
蓋を開けると、一瞬にして部屋中猛烈な匂いが漂い、「何だ、これ!」という騒ぎになる。
ところが、あのクセ物好きの小泉先生、
「これはスゴイ!これは世界一臭いチーズだ。旨い!」
と、のたまわれた。

「これが、どうして?」となるであろうが、
世界の珍味の奥には蛋白質が、
高濃度のアミノ酸などに分解して存在し、
忘れ難い味として人を虜にさせるのだろう。

くさびら神社 8.jpg

世に、あの「クサヤ」があるではないか。
あれは、どう嗅いでもドブの匂いである。
「これを、誰が食べるのか」と誰しもいぶかるであろう。
しかし、江戸の好事家はへそ曲がりで不味い物も、旨いと言って通ぶるのである。
それに、騙され続けて(??)今日まで国内第一等の伝統食として珍重されて来たのだ。(笑)

だから、分らないのである。
あるいは、名品になるかもしれませんよ。

くさびら神社 1.jpg

そんなこんなで、小泉先生は、
「あなた、同じ名前の菌(くさびら)神社あるの知っている?
これは、是非お参りに行かねばならないよ。」
お礼参りか、祈願成就か、分らないけど、
とにかく何時か行かねば、菌のご先祖様に叱られる、
と単純に思ったのであった。

今回、上京して浄水器のメーカーとの話が夜に変更、半日開いたので、
ここぞと思って、思い切って滋賀・栗東市の菌神社に足を延ばしたのだ。
ひっそりした街中の奥にこんもりとした杜があった。

くさびら神社 4.jpg

ちなみに「くさびら」とは、キノコのこと。
開店以来の旧友、音更町に住む椎茸作りの村岡さんが、椎茸酵素で化粧水を作られた。
それを「くさびら」と命名した時に、初めて由来を知ったのだ。
もう20年以上も前のことだ。

「菌」と名の付く神社は日本で唯一ここだけで、
キノコの栽培農家のみならず、麹菌を扱う醸造家からも信仰を集めて来た。
最近ではバイオテクノロジーの関係者も訪れるという。
それで、小泉先生は私に紹介されたのか。

くさびら神社3.jpg

ここ菌神社の由来は、こう記してある。

「景行天皇の頃(西暦100年代)、武田折命が料田に田植えしょうとした所、
一夜にして菌が一面に生えた。
之が上聞に達し、菌田連(クサビラタノムラジ)姓を賜ったという古伝あり。
当社は舒明天皇9年(西暦631年)勧請するところと伝えられる。
初めは口狭比良(くさひら)大明神と称えたが、室町時代には草平(くさひら)大明神となり、
明治の初年頃現在社名に改め明治9年村社に列す。
膳所藩主の崇敬厚く境内一町四方を免除地とし田三反を寄進された。
現在の本殿は享保12年(西暦1727年)造営の棟札がある。

つまり、武田さんが乳母の田を植えたところ一晩できのこが生え、
また、飢饉が起きた時、あたりに突然キノコが生えて人々を救った、
などなどの霊験・利益が、当地の人々に信仰を植え付けた。
5月5日の例大祭では、ジャコのナレズシが供えられる。

 大殿の祭神は、
大斗能地神(オオトノヂノカミ)男神と大斗乃弁神(オオトノベノカミ)女神で、
神代七代の五代目で伊邪那岐(いざなぎ)神、
伊邪那美(いざなみ)神の先先代に当たり、
廣大豊富福寿の御神徳有る神といわれる。

くさびら神社 2.jpg

ところで、「くさびら」と言えば、あの狂言に同じ演目がある。
子供の絵本になる位、愉快な話。
少し紹介しましょう。

くさびら 8.jpg

「むかし、ある男がおりました。家にくさびら(きのこ)が生えてきて、取っても取ってもなくならないので、山伏にまじないを頼みにいきました。「わしにまかせなさい」と、えらそうな態度をした山伏が、「ぼろんぼろぼろんぼろ」とまじないをとなえると…くさびらは消えるどころか、数が増えてしまいます。山伏は必死になって、何度もまじないをとなえますが、くさびらはどんどん増えるばかり。ついには巨大なおばけくさびらが出てきて、男と山伏に襲いかかります。腰をぬかした二人は、たくさんのくさびらたちに追われて逃げていきました」

くさびら神社 7.jpg

くさびらは茸というより、字の如く、一切の菌類と解した方が分りいい。
自然もこの世も、言ってみれば有用にしろ、無用にしろ、悪用にしろ
菌類のお蔭で成り立っている。
まさに先日の「もやしもん」のネットワークの世界なのだ。

大宇宙から俯瞰すれば、我々一人一人も菌そのもので、
ふっついたり、離れたり、死んだり、生きたり、変えたり、活かしたりしている。
言わば、大小遠近の別なく、イノチはひとかかえで一緒なのだ。
マクロもミクロもなく、皆同じイノチという訳だ。
つまり、みな同じ運命共同体なのだ。

まさにこの宇宙は、
菌神社そのものの社(ヤシロ)だったのだ。

くさびら 9.jpg
(社の裏の林には、野生茸が群生するという)

コメント

ふっついたり、離れたり、

.... omoro~~~
 

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