まほろばblog

 「どん底の淵から私を救った母の一言」

8月 13th, 2013 at 10:21
         奥野 博(オークスグループ会長)

                『致知』1998年8月号
                  特集「命の呼応」より 

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【記者:昭和42年、40歳のときに経験された倒産が、
     今日の奥野会長の土台になっているようですね】

  倒産が土台とは、
  自分の至らなさをさらけ出すようなものですが、
  認めないわけにはいきません。

  戦後軍隊から復員し、商社勤務などを経て、
  兄弟親戚に金を出してもらい、
  事業を興したのは30歳のときでした。

  室内設計の会社です。
  仕事は順風満帆でした。
  私は全国展開を考えて飛び回っていました。

  だが、いつか有頂天になっていたのですね。
  足元に忍び寄っている破綻に気づかずにいたのです。
  それが一挙に口を開いて。

【記者:倒産の原因は?】

 「滅びる者は、滅びるようにして滅びる」

  これは今度出した本の書き出しの一行です。

  倒産の原因はいろいろありますが、
  つまるところはこれに尽きるというのが実感です。
  私が滅びるような生き方をしていたのです。

  出資者、債権者、取引先、従業員と、
  倒産が社会に及ぼす迷惑は大きい。
  倒産は経営に携わる者の最大の悪です。

  世間に顔向けができず、私は妻がやっている
  美容院の2階に閉じこもり、
  なぜこういうことになったのか、考え続けました。

  すると、浮かんでくるのは、
  あいつがもう少し金を貸してくれたら、
  あの取引先が手形の期日を延ばしてくれたら、
  あの部長がヘマをやりやがって、
  あの下請けが不渡りを出しやがって、
  といった恨みつらみばかり。

  つまり、私はすべてを他人のせいにして、
  自分で引き受けようとしない
  生き方をしていたのです。

  だが、人間の迷妄の深さは底知れませんね。
  そこにこそ倒産の真因があるのに、
  気づこうとしない。

   築き上げた社会的地位、評価、人格が倒産によって
  全否定された悔しさがこみあげてくる。

  すると、他人への恨みつらみで
  血管がはち切れそうになる。
  その渦のなかで堂々めぐりを繰り返す毎日でした。

【記者:しかし、会長はその堂々めぐりの渦から抜け出されましたね】

  いや、何かのきっかけで一気に目覚めたのなら、
  悟りと言えるのでしょうが、凡夫の悲しさで、
  徐々に這い出すしかありませんでした。

【記者:徐々にしろ、這い出すきっかけとなったものは何ですか?】

  やはり母親の言葉ですね。

  父は私が幼いころに死んだのですが、
  その33回忌法要の案内を受けたのは、
  奈落の底に沈んでいるときでした。

  倒産後、実家には顔を出さずにいたのですが、
  法事では行かないわけにいかない。
  行きました。

  案の定、しらじらとした空気が寄せてきました。
  無理もありません。

  そこにいる兄弟や親族は、
  私の頼みに応じて金を用立て、
  迷惑を被った人ばかりなのですから。

【記者:針の莚(むしろ)ですね】

  視線に耐えて隅のほうで小さくなっていたのですが、
  とうとう母のいる仏間に逃げ出してしまいました。

【記者:そのとき、お母さんはおいくつでした?】

  84歳です。

  母が「いまどうしているのか」と聞くので、
 「これから絶対失敗しないように、
  なんで失敗したのか徹底的に考えているところなんだ」
  と答えました。

  すると、母が言うのです。

 「そんなこと、考えんでもわかる」

 私は聞き返しました。

 「何がわかるんだ」

 「聞きたいか」

 「聞きたい」

 「なら、正座せっしゃい」

  威厳に満ちた迫力のある声でした。

(八十四歳のお母さんが)

 「倒産したのは会社に愛情がなかったからだ」

  と母は言います。

  心外でした。

  自分のつくった会社です。

  だれよりも愛情を持っていたつもりです。

 母は言いました。

 「あんたはみんなにお金を用立ててもらって、
  やすやすと会社をつくった。

  やすやすとできたものに愛情など持てるわけがない。

  母親が子どもを産むには、死ぬほどの苦しみがある。

  だから、子どもが可愛いのだ。

  あんたは逆子で、私を一番苦しめた。
  だから、あんたが一番可愛い」

  母の目に涙が溢れていました。

 「あんたは逆子で、私を一番苦しめた。
  だから、あんたが一番可愛い」

  母の言葉が胸に響きました。

  母は私の失態を自分のことのように引き受けて、
  私に身を寄せて悩み苦しんでくれる。
  愛情とはどういうものかが、痛いようにしみてきました。

  このような愛情を私は会社に抱いていただろうか。
  いやなこと、苦しいことはすべて人のせいにしていた
  自分の姿が浮き彫りになってくるようでした。

 「わかった。お袋、俺が悪かった」

  私は両手をつきました。

  ついた両手の間に涙がぽとぽととこぼれ落ちました。
  涙を流すなんて、何年ぶりだったでしょうか。
  あの涙は自分というものに
  気づかせてくれるきっかけでした。

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