まほろばblog

「亡き母に背中を押され」

10月 23rd, 2011 at 17:43

       
       
            中井 惠美子 (中井生活経済研究所CEO)

        
               『致知』2004年6月号より

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 病院が建て替えや改修などの
 資金調達を目的に発行する病院債。

 医療とかけ離れた世界にいた私が、
 その発行の一号と二号を手がけることになった背景には
 母の存在があります。

 母は痴呆になった父を一人で看ていました。
 当時、私は都市銀行の総合職として忙しく、
 また自分の家庭もあったので、
 たまにしか顔を出すことができませんでした。
 
 すると今度は母が体調を崩し入院。
 肝臓の病で命に関わるものではないが、
 痴呆が進行していると説明を受けました。
 なんと、知らぬ間に母までもが痴呆になっていたのです。

 そうして私の両肩に両親の看護が圧し掛かってきました。
 入院中の母の世話をしながら、
 父を預かってくれる先を探さなければなりません。
 
 仕事と家事をしながらの介護、入所先探しは過酷で、
 一日も早く母が元気になってくれることを
 願ってやみませんでした。
 
 ところが、母の容態はよくなるどころか悪くなる一方。
 変だな、おかしいと思った私は、
 レントゲンを他の病院へ持ち込んで診断してもらいました。
 すると誤診が判明したのです。
 
 実は悪性のがん細胞が隠れていて、
 余命幾ばくもないと宣告をされました。
 誤診を恨むより、まず早急に転院と考えた私は、
 肝臓医療で日本一と言われる病院に転院させました。
 
 ところが、です。
 様子を見に行くと、集中看護室に横たわる母の手が、
 ベッドに縛り付けてありました。
 
 聞けば酸素の吸流量を調べようと指に器具をはさむと、
 母が嫌がって外すからだと言います。
 
 不信感を募らせながらも、
 「日本一の病院だから」と自分に言い聞かせ
 治療に期待しましたが、高齢だし、痴呆だし、と言って
 期待していたほど熱心には治療をしてくれません。
 
 ただ死を待つだけの日々が過ぎていきました。
 最期をゆったりと過ごさせてあげたいと思い、
 ホスピスに移そうかと考えた時期もありました。
 
 しかしホスピス側は
 
 「入所する本人が、自分が死ぬとわかった上で
   ここに入りたいという意思表示がなければ
   受け入れられない」
  
 と言います。退院したら出身地である
 四国のお遍路に行きたいと夢を膨らませている母に、
 どうして「あなたは死にますよ」などと告げられるでしょうか。
 
 どこへも行き場がなく、袋小路に迷い込んだような思いでした。
 時々母は私に看護してほしいと言うことがありました。
 
 そうなれば当然仕事を辞めなければなりません。
 振り返れば、挫折の多い銀行員生活の中で、
 何度辞めようと思ったか分かりません。
 
 しかしその都度、母が「もう少し頑張ってみなさい」と
 優しく背中を押してくれました。
 
 娘がはしかになれば替わって面倒を看てくれたのです。
 母の協力がなければ絶対に続けることはできませんでした。
 その母が最期の願いとして私に
 看護してほしいと願っているのです。
 
 平成十四年三月三十一日付で私は銀行を退職。
 早速、母に辞令を見せに行き、
 「明日からはちゃんと面倒看るからね」と言うと、
 母は嬉しそうに笑っていました。
 
 しかし、遅すぎました。
 三十一日の夕方、母は永遠の眠りにつきました。
 
 もう少し早く辞めればよかった。
 あんな死なせ方でよかったのか。
 私の胸の中は無念と終末医療に対する疑問でいっぱいでした。
 
 といって、誰かを恨むわけではなく、
 どの先生も一所懸命力を尽くしてくださったことは
 重々分かっていました。
 
 しかし、医療そのものは患者や私たち家族の思いと
 かけ離れたところにあったことは事実です。
 
 また、私も両親が病に倒れ、初めて医療を意識しました。
 知識がないために医者の言うなりだったり、
 無意味に不安感を募らせました。
 
 結局、これまで互いに接する機会がないことが
 すべての問題点だったのです。
 健康なうちから医療法人と接する機会はないだろうか。
 
 答えを求め様々な医療セミナーへ出席し、
 私の前職を知った日本医療法人協会の方から
 病院債の研究を依頼されました。
 
 病院債を発行すれば、医療法人は債務者となり、
 当然財務体質や経営指針、経営計画や返済計画を
 明確に説明しなければなりません。
 
 逆に債権者である購入者は、
 患者や家族の視点から改善案をどんどん提案できる。
 また、銀行や郵便局では、
 自分の貯蓄金が見ず知らずの企業への融資となっているのか、
 道路の舗装に使われているのか、まったく分かりません。
 
 しかし、病院債なら自分の投じたお金で病院に
 老人介護施設ができた、新しい設備が導入された、
 など確実に目に見える形となって現れる喜びもあります。
 
 微力で歩みは遅いかもしれません。
 しかし、医療法人に風穴を開ける原動力になると信じています。
 
 私の試案に基づき、二月に売り出した病院債第一号は
 介護施設の増築を目的に四千九百万円、
 第二号は電子カルテと駐車場の増設を目的に一億二千万円。
 いずれも完売で、病院債に対する社会的な期待を感じました。
 
 病院債は持っているお金の一部を活かし、
 自分の願うほうへ病院を動かすことができます。
 その総意が大きくなれば、
 社会だって変革できるかもしれないのです。
 
 長く金融界で働いてきた私にとって、
 お金を通じてより良い社会の実現に貢献できることは
 何より嬉しく、亡き母が背中を押してくれているように感じています。

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