まほろばblog

「突然の便り ~千代子はまだ生きています~

12月 6th, 2012 at 8:19

     中條 高徳 (アサヒビール名誉顧問)

           『致知』2013年1月号
              リレー連載「巻頭の言葉」より

└─────────────────────────────────┘

暑かった平成二十四年の夏も終ろうとする頃、
分厚い包みが届いた。

京都府綾部市の川北千代子さんからのものであった。

お会いしたこともない方々から、
毎日のように講演の感動や、拙著の読後の喜びを
伝えてくださるお手紙をたくさんいただくので、
すぐにはどなたか思い出せなかった。

お手紙を読むや、この老いの身も心も
電気ショックに打たれたような衝撃を受けた。

この世の出来事かと身をつねるほどの感動であった。

筆者の早朝の靖国詣では数十年に及ぶ。

若い頃、遊就館の「親子の像」の隣の
展示ショールームに飾られている
一通の遺言状に釘付けになった。

「妻千代子へ」という、
しっかりした筆跡の遺言状であった。

十八年十二月一日とある。

筆者はその一か月前の十一月三日、
教育総監から陸軍士官学校合格の電報を受け、
勇躍国家のために尽くせると身も心も燃えていた。

遺言状はその頃のものである。

「兼(かね)テ軍人ノ妻トシテ嫁グ前ヨリ覚悟ナシ居リシコトト思フガ

  決シテ取乱(とりみだ)スコトナク

 武勲ヲ喜ンデ呉(くれ)ヨ

  ヨク仕ヘテ呉タ事ヲ心ヨリ感謝シテイル

  短イ期間デハアツタガ誰ヨリモ
 可愛イ妻トシテ暮シタ事ハ忘レナイ

  飽ク迄(まで)川北家ニ踏止(ふみとどま)ツテ
 御両親ニ仕ヘテ呉(く)レ」

入隊前日認(したた)ム 川北偉夫(まさお)

数十年前のことであった。

同年代の男としてこの遺言状に触れた瞬間、
涙が滂沱と流れた。

筆者も結婚していただけに男の気持ち、
その切なさが痛いほど伝わってきた。

国家の防人として出征する男の公の決意と
新婚間もない可愛い妻との別離の切なさの間に立って、
「川北家に止まって両親に孝養を尽くせ」としか
再婚拒否の意を伝えることができなかった戦時下を思うと、
戦争の罪深さと男の切なさが身に沁みる。

筆者は幾度となくこの遺言状の前に額(ぬか)ずいて
涙を重ねてきた。

なんとその千代子さんの手紙が届いたのだ。

「千代子は生きています。
  八十五歳で幸せに生きています」

との嬉しい感動のお手紙であった。

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