まほろばblog

「日本サッカー強さの秘訣に“言語技術”あり」

8月 11th, 2012 at 10:37

    
   田嶋 幸三 (日本サッカー協会副会長)

         『致知』2012年9月号
            特集「本質を見抜く」より

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もちろん身体能力とか技術の高さはベースに必要ですが、
そういったものはあるレベルに達すると
そう変わらなくなってきます。

その時、何が大切かというと、
いかに考えてプレーをするかということなんです。

サッカーは正解のないスポーツです。
好きに動いていいんです。
ボールを受けたらドリブルしてもいいしパスしてもいい。
どこにどう蹴るか、すべて自分で判断する。

そして、それはボールを持っている時だけの判断ではありません。
自分がボールを持っているのは90分の試合時間の中で
せいぜい2、3分です。

ボールを持っていない時のほうが圧倒的に長く、
そこでどう動くかということを、
1試合に何千回、何万回と判断しているんです。

状況を見て、自分の考えを組み立て、
判断してプレーすることが大切なのです。

私自身、選手時代も含めて40年以上サッカーに
携わってきました。
選手を引退してからはなんとか日本のサッカーを
世界レベルにしたいという思いでやってきたのですが、
ある時、その方法が見えてきたように感じました。

それを一言でいえば
「自分で判断してプレーする」ということであり、
その秘訣は言語技術にあるのではないかと思ったのです。

日々の言葉を論理的に使えるよう
訓練を積んでいけば、サッカーでも瞬時に状況を捉え、
論理的に判断してプレーができるようになるのではないかと。

また、たとえ失敗しても自分で考えながらやっている選手は、
次はこうしようとまた自分で次の方法を考えられます。
しかし何も考えずに、言われたことしかやってこなかった選手は
自分で改善することができないんですね。

私は1983年から2年半、指導者になるために
ドイツに留学しました。
サッカーでは練習中にゲームを途中で止め
「どうしてそこにパスを出したんだ」と
プレーの確認をすることがあります。

ドイツの子供たちは
「僕は足の速いペーターが走ってくると思って、
 あそこのスペースにパスを出したんだ」
とすぐに自分の考えを返してきます。

ところが、帰国後、日本の子供たちにゲームを止めて尋ねても、
ただ僕の顔を見ているだけなんです。

つまり僕の答えを待っている。

当時は言語技術といった言葉は知りませんでしたが、
この違いはなんだろうということがずっと頭にありました。

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