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幻の教科書『実語教』

2月 14th, 2013 at 14:58
  齋藤 孝 (明治大学教授)  

                『致知』2013年3月号
                 特集「生き方」より
└─────────────────────────────────┘

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」

――福沢諭吉『学問のすゝめ』の冒頭にある有名な言葉です。
諭吉はここで、人間はみな平等につくられていることを
高らかに宣言しています。

しかし、そのすぐ後に

「されども今広くこの人間世界を見渡すに、
 かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、
 富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、
 その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや」

といって、この世の中に貧富や貴賤の差があることを
指摘しているのです。

なぜ平等に生まれたはずの人間に、差ができてしまうのか。
諭吉はその理由を次のようにいっています。

「『実語教』に、人学ばざれば智なし、
 智なき者は愚人なりとあり。

 されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに
 由て出来るものなり」

『実語教』に

「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」

という言葉があるように、賢い人と愚かな人の差は
学ぶか学ばないかによって決まるのだ、というわけです。

さらに、世の中には医者や学者や政府の役人や
経営者などの難しい仕事もあれば、
力仕事のような簡単な仕事もあるが、
難しい仕事にはどうしても学んでいる人がつき、
学んでいない人には簡単な仕事しか回ってこない、
と非常に具体的に述べています。

つまり、しっかりした仕事につきたいのならば、
一所懸命に勉強して智恵を身につけなくてはいけない。
それは『実語教』に書かれているとおりだ、というわけです。

日本の近代を開いた『学問のすゝめ』は、
『実語教』を下敷きとして書かれたものだったのです。

この『実語教』という本は、
平安時代の終わりにできたといわれます。

弘法大師の作という説もありますが、
本当のところは分かりません。

子供たちの教育に使われ、鎌倉時代に普及し、
江戸時代には寺子屋の教科書となりました。
なんと千年以上も受け継がれてきた子供の教科書なのです。

なぜ『実語教』がそれほど重宝されてきたかというと、
学びの大切さ、両親・先生・目上の人への礼儀、
兄弟・友達・後輩との付き合い方など、
人間が世の中で生きていく上で欠かせない
大切な智恵が詰まっていたからです。
そのいくつかを紹介してみましょう。

富は是一生の財、身滅すれば即ち共に滅す。
智は是万代の財、命終れば即ち随って行く。

(富は自分が生きている間は大切なものですが、
 死んでしまえば墓の中まで
 持っていけるものではありません。

 それに対して智恵は万代も後まで残るものです。
 自分が死んでも、子孫へと受け継がれていくものなのです)

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