まほろばblog

「生と死に向き合い “いま、ここ”を生きる」

10月 10th, 2011 at 8:59

 
       
       
   西原 由記子 (自殺防止センター東京前所長)

            『致知』2005年9月号より

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 私が電話による自殺相談のボランティアを始めたのは、
 いまから約三十年ほど前、一人の青年の死がきっかけでした。

 クリスチャンの私は当時、牧師の夫と一緒に
 大阪の教会で働いていました。
 そこに四、五年ほど出入りしていた青年が、
 「今度の日曜日、行けませんけどもよろしく」と
 私に電話をかけたのを最後に自殺してしまったのです。
 
 それを聞いた瞬間は、
 ショックのあまり血液がカーッと凝固し、
 体が硬直したようになり、
 どうして気がついてあげられなかったのだろうと
 自分を責めもしました。
 
 後に彼の母親から、躁鬱病で以前にも
 自殺未遂をしていたことを聞き、
 
 
 「私は彼について何も知らなかった。
   知らないということは無責任であり、
   愛がないのと等しい」
  
 
 と考えさせられたのです。
 
 この青年を救えなかったことに対する
 自責の念を持つだけではなく、
 二度と同じことが起こらないように、
 自殺のサインに気がつき、
 事前に防がなければいけないと思いました。
 
 
 そこで一九七八年に大阪に「自殺防止センター」を創設、
 九八年に年間自殺者が三万人を超えた
 ちょうどその年に東京にも支部を設立し、
 活動を開始しました。
 
 現在、東京支部では約五十名のボランティアが
 ローテーションを組み、二十時から翌朝六時まで
 年中無休で電話による自殺相談を受けつけています。
 
 相談件数は一日約三十件ほどで、
 二台の電話は鳴り止むことがありません。
 
 必要に応じて面接による相談や、
 緊急出動による救援活動にもあたっています。
 
 総じて自殺志願者は人に悩みを相談できずに、
 孤立無援状態で、生きている意味を
 感じられなくなっている場合が多いのです。
 
 だから私たちは一所懸命エネルギーを傾けて相手の話を聴き、
 相手の境遇に共感することを大事にします。
 聴くということが、彼らにとって大きな精神的支えになるのです。
 
 
 ある時、「もう電話が終わったら死にます」
 という男性がいました。
 
 彼は仕事で正当に評価されず、
 人を信用できなくなっていました。
 
 そこで「死んではいけない」と言うのではなく、
 私は彼の話をただ無条件、無批判で一所懸命聴きました。
 
 一通り聴き終えると、
 
 
 「あなたの話を伺いながら、
   私は心臓をわし掴みにされた思いです」
  
 
 と感じたままを話したのです。
 
 すると彼は心を開き、奥様にさえ言えない、
 真の心の叫びを話してくれました。
 
 そこで私はハッと気がつき、
 
 
 「人が信頼できないとおっしゃりながら、
  顔も見えない、どこの誰かも分からない相手に向かって、
  あなたは真実をおっしゃってくれましたね。
  
  私というものを信頼して話してくださったのですね」
  
  
 と言いました。

 すると彼もハッとし、
 
 
 「僕はもう人は絶対信じきれないと思っていたのですが、
  いまあなたに話を聴いてもらううちに、
  まだ人を信じたいという気持ちが
  残っていたことに気がつきました。
  もう一度やり直してみます」
  
  
 と言って電話が切れたのです。

 こちらが親身になって話を聴くことで、
 相手は命を絶つのを止め、
 またやり直そうと考えてくれました。
 
 私は嬉しさのあまり興奮し、
 次の交代の人が来るとすぐに、
 「聞いて! 聞いて!」といまの出来事を話しました。
 
 一本の電話にずしりと重いものを感じたのです。

 電話の相手に対して「あなたにも非がある」と、
 批判や欠点はいくらでも言えます。
 
 しかし私はこの活動を進めるうちに、
 どんな人に対しても常にポジティブになれる自分を
 育てようと決めました。

 それは自分自身に対しても同じです。
 
 例えば「きょうはよく頑張ったね」と誉めてあげる。
 要するに自分を大事にすることです。
 電話の相手に対してもよく
 「自分を大事にしてくださいね」と言います。

 しかしほとんどの人がどう自分を大事にしていいか分からず、
 周りに一所懸命気を使ってくたくたになっています。
 
 人間関係はまず自分を基本に考えること。
 他人と違いがあっても、無理に合わせるのではなく、
 その違いを楽しむ柔軟性が必要であると思うのです。
 
 世界には一人として自分と同じ人間はいません。
 だからこそ自分の長所も短所も素直に認めて、
 自分らしさを大事にしてもらいたいと思います。

 時には、相談に乗った方が自殺してしまうこともあります。
 けれど死んだという事実を受け止め、
 その人の決断を尊重してあげなければいけないと思っています。
 
 最後に生死を決めるのは、その人自身なのです。

 しかし私はその前に一所懸命相手の話を聴きます。
 
 いま、ここで自分にできる精一杯のことをするのです。
 だからこそ相談を終え、受話器を下ろした後、
 
 
 「神様、私はいま一所懸命、この人に関わりました。
  この人の話を聴きました。後はどうぞおまかせします」
  
  
 と祈る思いになるのです。
 
 生と死は裏返しであり、死と常に向き合うということは、
 きょうをどう生きるかに繋がります。
 
 
 「いま、ここ」を大切に、電話越しに
 どう生きた会話ができるか。
 それが私の最も大事にすることです。

 自殺者が増加する昨今において、多くの人々に、
 いま、ここに生きていることの大切さ、
 自分自身の大切さを分かってもらえればと願っています。

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