まほろばblog

「ごめんなさいね おかあさん」

3月 23rd, 2012 at 8:39

       
  向野 幾世 (奈良大学講師)

   『致知』2002年9月号より

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 ごめんなさいね おかあさん

 ごめんなさいね おかあさん

 ぼくが生まれて ごめんなさい

 ぼくを背負う かあさんの

 細いうなじに ぼくはいう

 ぼくさえ 生まれなかったら

 かあさんの しらがもなかったろうね

 大きくなった このぼくを

 背負って歩く かなしさも

「かたわな子だね」とふりかえる

 つめたい視線に 泣くことも

 ぼくさえ 生まれなかったら

 ありがとう おかあさん

 ありがとう おかあさん

 おかあさんが いるかぎり

 ぼくは生きていくのです

 脳性マヒを 生きていく

 やさしさこそが 大切で
 
 悲しさこそが 美しい

 そんな 人の生き方を

 教えてくれた おかあさん

 おかあさん

 あなたがそこに いるかぎり

この詩は、いまから27年前、
15歳で亡くなった山田康文くん――
やっちゃんが作った詩です。

重度の脳性マヒで、全身が不自由、口も利けないやっちゃんが、
いのちのたけを託して作った詩です。

私が勤めていた奈良県立明日香養護学校に
やっちゃんが入学してきたのは昭和43年、
彼が8歳の時でした。

以来、担任として、学部主事として、
そして最後は言語訓練教師として
足かけ8年の付き合いでした。

この詩が生まれたのは、やっちゃんが亡くなる、
わずか2か月前のことでした。

当時私は、養護学校卒業後の障害者たちが集える
「たんぽぽの家」をつくろうと、障害児のお母さん方とともに、
「奈良たんぽぽの会」を結成していました。

この運動もいまではOLや学生など若者たちの支持を得て、
全国で4,000人の会員を擁する全国運動に盛り上がっています。

その活動の一環として、養護学校の生徒の詩に
フォーク好きの学生さんが曲をつけ、
奈良文化会館の大ホールで
コンサートをする企画が持ち上がったのです。

障害程度の軽い子は、自分で詩を書くことができます。
文字が書けない子でも、手足の指や口を使って
電動タイプを打つことができます。

しかし、やっちゃんのように重度の子の場合は、
先生である私が抱きしめて、全身で言葉を聞くのです。

私が言う言葉がやっちゃんの言いたい言葉だったら、
やっちゃんはウインクでイエスのサインを出します。

ノーのときは下を出す。脳性マヒの緊張や
アテノーゼ(不随意運動)さえも、
やっちゃんの発する意思表示です。

そうやって時間をかけてやっちゃんの言葉の世界に
近づいていく作業が始まりました。

言語訓練をしていた私の手元には、
一人ひとりの子どものノートがありました。

やっちゃんのノートには、どのページも

「ありがとう」

「おかあさん、ごめんね」

という2つの言葉で埋まっていました。

最初は『ごめんね おかあさん』
これを題にしようかと私が言うと、
“ノーノー、いやだ”と舌を出します。

それじゃ、男らしく
『ごめんよ かあさん』これはどう?と言うと、
またノーのサイン。

今度は上下を逆にして、
『かあさん ごめんよ』とやってみます。

どうもピッタリこないんだなあ、というやっちゃんの顔。

私の頭に浮かぶ限りの言葉の組み合わせの中から、
やっと、やっちゃんがウインクでイエスのサインを出したのは、

『ごめんなさいね おかあさん』

でした。

こうやって何か月もかけてやっと前半部分ができた時、
やっちゃんのお母さんに見てもらいました。

読み終えてもお母さんは無言でした。

ただ目頭を押さえて、立ちつくしていました。

「やっちゃんが、これを……」

と、かすかに言われたように思います。

そのせり上がる思いが私にも伝わってきました。

『わたしの息子よ』と呼びかけたお母さんの詩が
私の手元に届いたのは、すぐ次の日のことです。
今度は私が立ちつくしました。

 わたしの息子よ ゆるしてね

 わたしのむすこよ ゆるしてね

 このかあさんを ゆるしておくれ

 お前が 脳性マヒと知ったとき

 ああごめんなさいと 泣きました

 いっぱいいっぱい 泣きました

 いつまでたっても 歩けない

 お前を背負って歩くとき

 肩にくいこむ重さより

「歩きたかろうね」と 母心

“重くはない”と聞いている

 あなたの心が せつなくて
 
 

 私の息子よ ありがとう

 ありがとう 息子よ

 あなたのすがたを見守って

 お母さんは 生きていく

 悲しいまでの がんばりと

 人をいたわるほほえみの

 その笑顔で 生きている

 脳性マヒの わが息子

 そこに あなたがいるかぎり

 このお母さんの心を受け止めるようにしてやっちゃんは、
 後半の詩づくりにまた挑んだのです。
 
 やっちゃんが言う「ごめんなさいね」は、
 母へのいたわりと思いやりがあふれていました。

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