まほろばblog

岡博士「トマト醤油ごはん」を食す!

9月 18th, 2017 at 12:08

 

先日、「みそ醤油ごはん」を紹介したところ、

知友の三輪さんから、資料を戴いた。

それは、岡潔先生が、「トマトごはん」を食べていた、という記事であった。

昭和61年のアサヒグラフの「わが家の夕めし」というシリーズ。

トランジスターで野球を聞きながら、ビールを飲み、お菜をたべ、

ご飯は漬物か、トマトを載せて醤油をかけた「トマト御飯」ですます、というもの。

あの時代で、トマト御飯とは、えらいハイカラだなー、と思えた。

考えてみると、野菜サラダをとりながら、ご飯を食べる。

口の中では、トマトも米も一緒くたになっている。

その差、何秒かの違いだ。

だから、一緒に食べるのは、可笑しくはないのだ。

何故、可笑しいと思えるのは、我々が可笑しいのではないか。

これが常識という可笑しさである。

 

 

早速、仕込んでみた。

「うまい!」

ことに、我が園のトマトだからか、醤油だからか、とにかく新鮮な驚きとうまさだ。

でも、この組み合わせはチョット考えられない。

誰もが、エェ!と思うだろう。

しかし、北海道のバターご飯は、内地の人に言わせれば、アッ!なのである。

しかし、沖縄・台湾では、ごはんに砂糖をまぶして食べると聞いたら、北国では、エェ!なのである。

所が、変われば、である。

 

それよりも何よりも、岡博士の「勝手気まま食」という食事観である。

① めいめいが勝手に食べる。(これ現代の問題、個食ではないか?だが、家族は明るく元気!)

② 時間が来たら食べるのはおかしい。頭が空っぽに成ったら、お腹が空いて、初めて食べる。(これも、最近言われている)

③ 食欲は高尚でないから、食事には関心がない。(食欲で、健康を害しているのがほとんど)

基本的には、食の為に人生があるのではなく、人生の為に食がある。

数学に没頭したら、食も睡も忘れて、周りが全く見えなくなるほど集中する一事と一途。

まだまだ食にとらわれて、この一事と一途が見えていない。

少々、後口が、ほろ苦い「トマト醤油ご飯」でした。チョンチョン。

 

 

 

 

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