まほろばblog

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まほろば「大和なでしこ吟詠隊」、初吟にビックリ!!

木曜日, 8月 30th, 2012
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もう、ビックリしました!!!

みんな、ほぼ初体験の詩吟。

2週間前に、ケーキの大和八千代さん(声楽やっていたのです)と

小野由紀子さんとみずきちゃん親子が詩吟教室に参加。

そこに、昨日、当別の土井茂子さんが加わり、

更に、仕事中の斉藤秀子さんと城越ゆかりちゃんも急遽参加。

みなさん、初めても初めて、訳の分からない中を、突然、合吟を始めました。

それが、何とかなっているのに、ビックリ!!!!!

みなさん、上手だと思いませんか!

こちら、聞いていて大感激でした。

東峰先生は、大喜びで、大はしゃぎ!!!

みんな才能があるんですね。

やはり日本人の血が流れているんですね。

そして、まだ10歳前後のみずきちゃんが、すごく面白い!と言って、

今、吟にはまっています。もうビックリですね。

小さい頃から、鍛えたら、どんなに実りある人生になるでしょう。

それにしても、女性だけの吟はきれいで、いいですね。

先生はまほろばで50名ほどの「大和なでしこ吟詠隊」を結成したいと張り切っています。

応募されたい方、どんどんお越し下さいな。

いろいろなことが学べて、とっても楽しいですよ。

毎週水曜日 夜7:00~9:00

まほろば2階

ちなみに、昨日は有名な朱熹作「偶成」を勉強しました。 

偶成

少年易老学難成 

一寸光陰不可軽 

未覚池塘春草夢 

階前五葉巳秋声 

 

朱喜
 
少年老い易く 学成り難し 
一寸の光陰 軽んずべからず 
池塘の春草の夢 未だ覚めやらずして 
階前の五葉 すでに秋声 
  
幼少より学問を志しながら、そろそろ老いを迎える年齢になっても、
未だ大きな成果を果たせずにいる。
もはや残り少ない人生だからこそ、ほんの瞬きする刹那ですら、
時をおろそかにしてはならないのだ。
春の池の堤に萌えはじめた若草のごとき瑞々しい、
大志への夢は今も変わらず覚めていないのに、

ふと気がつけば、石段の脇に繁る五葉の葉が秋の訪れで

いつしか色づいているように、

自分自身が人生の秋ともいうべき初老の時期にさしかかってしまった。

あの葉がやがてはかなく散ってゆくのと同様、

自分もこのまま志を遂げることなく、

いずれはこの世を去るばかりなのだろうか。

止めるすべもなく、無情にも時間だけが移ろい、

ただ過ぎ去ってゆく・・・・。 

 

「京セラ創業期秘話 ~後編~」

木曜日, 8月 30th, 2012

   稲盛 和夫 (京セラ・日本航空名誉会長)

                『人生と経営』より

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(※昨日の配信分より)

「約束はできないが、私は必ず君たちのためになるように
 全力を尽くすつもりだ。

 この私の言葉を信じてやってみないか。
 今会社を辞めるという勇気があるなら、
 私を信じる勇気を持ってほしい。
 私はこの会社を会派にするために命をかけて働く。
 もし私が君たちを騙していたら、私は君たちに殺されてもいい」

ここまで言うと、私が命懸けで仕事をし、
本気で語りかけているのがようやくわかったのか、
彼らは要求を取り下げてくれた。

しかし、彼らと別れて一人になったとたん、
私は頭を抱え込んでいた。

(※本日はここから↓)

経営者である自分自身でも明日のことが見えないのに、
従業員は経営者に、自分と家族の将来にわたる
保証を求めていることを、初めて心の底で理解したからである。

私は、このことに気がつくと、
「とんでもないことを始めてしまった」と
思わざるをえなかった。

本来なら無理をして私を大学までいかせてくれた、
鹿児島にいる両親や兄弟の面倒をまず見るべきなのに、
それさえ十分にできていない私が、
経営者として赤の他人の給料だけでなく、
彼らの家族のことまでも考え、将来を保証しなければならない。

会社創業のとき、私が抱いていた夢は、
自分の技術でつくられた製品が、
世界中で使われることだった。

しかし、そんな技術屋の夢では、
従業員の理解は得られず、
経営は成り立たないということを、
この事件を通して初めて身に泌みて理解することができた。

会社とは何か、会社の目的とは何かということについて、
このとき改めて私は真剣に考えさせられた。

会社とは経営者個人の夢を追うところではない。
現在はもちろんのこと、将来にわたっても
従業員の生活を守るための場所なのだ。

私はそのとき、このことに気づき、
これからは経営者としてなんとしても、
従業員を物心両面にわたって幸せにすべく、
最大限の努力を払っていこうと決意したのである。

さらに、経営者としては、自社の従業員のことだけでなく、
社会の一員としての責任も果たさなくてはならない。
そこまで考えを進めたとき、

「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、
 人類、社会の進歩発展に貢献すること」

という京セラの経営理念の骨格ができあがっていた。

突然の反乱劇で、そのときは驚き、悩み苦しんだが、
おかげで私は若いうちに経営の根幹を理解することができたと思う。

それは、経営者は自分のためではなく、社員のため、
さらには世のためにという考え方をベースとした経営理念を
持たなくてはならないということである。

これを創業3年目という早い時期から経営の基盤に置いた結果、
京セラはその後大きく発展することができたのだと私は考えている。