まほろばblog

Archive for 2月, 2012

サクラ サル

火曜日, 2月 14th, 2012

隣の授産施設「よろこびの家」の詩人・コンチャンこと、

境沢勉さんたちが、諸事情で別の施設に移る事になった。

毎日、店内の掃除を厭うことなく明るく続けて来られた。

そんなコンチャンたちも、明日でお別れ。

淋しいなーーー。慰労会には何時も参加して同じ仲間内だった。

コンチャンが最後に詩を今朝、手渡してくれた。

  

   

 

桜の花びら

世界中に幸せと

日本の心を

みんなに分けて下さい 

桜は本当に

美しい花

日本の象徴です

 

桜は愛です

世界中にほほえみと

このよろこびを

みんなに届けて下さい 

桜は本当に

美しい花

日本の宝です

 

桜が散る時

来年までさようなら

美しい花

皆なの心のおまもりです

 

(桜でなく梅なんですけど・・・・

『梅が香にのつと日の出る山路かな』 芭蕉

夭折の俳人・住宅顕信

月曜日, 2月 13th, 2012

1961年生まれ、満25歳の87年に死去した住宅顕信(すみたくけんしん)。

死後、句集「未完成」が刊行された夭折の俳人だった。

中卒後、調理師学校、市役所に勤務、そして22歳で出家得度。

結婚後、白血病で入院して離婚。その後、句作に励み、自由律の俳句は、

かつての山頭火や放哉を思い出す。

その短くも、儚い年月に、書き刻んだ句々。

「気の抜けたサイダーが僕の人生」

「水滴のひとつひとつが笑っている顔だ」

「春風の重い扉だ」

「地をはっても生きていたいみのむし」

「捨てられた人形が見せたからくり」

「若さとはこんな淋しい春なのか」

「合掌するその手が蚊をうつ」

「点滴と白い月とがぶらさがっている夜」

「レントゲンに淋しい胸のうちのぞかれた」

「かあちゃんが言えて母のない子よ」

「抱きあげてやれない子の高さに坐る」

「鬼とは私のことか豆がまかれる」

「夜が淋しくて誰かが笑いはじめた」

「ずぶぬれて犬ころ」

「洗面器の中のゆがんだ顔すくいあげる」

「何もないポケットに手がある」

新聞で、初めて知った顕信だが、

若くして、何気ない言葉に、意味を吹き込めたのは、

やはり、苦悩の淵を歩んだからであろうが・・・・。

救い難い若さが、生き続けて、

やがて諦念の言葉がどう紡ぎ出されるか、

見届けたかったのも、一方にある。

韓国からお客様

月曜日, 2月 13th, 2012

㈱木曽路物産の鹿野社長が、韓国から旧友をお連れしてのまほろば訪問。

昨夜は、雪祭りの最終日。

「冬のソナタ」を思わずにはいられない、ロマンチックな札幌ビール園での雪景色。

底冷えする厳しい寒さが、一層美しい景色を演出する。

北海道人としても、なかなか見れない光景であった。

鹿野社長とは25年来の韓国のお友達で、慶尚北道柔道会の李相胎副会長は、

大学の先生でもあり、サプリメントでは第一人者で、漢方に造詣が深い。

生薬会社の金善益代表は、チベット・モンゴル・韓国に亙る漢方・健康食品の原料から

製品まで熟知して、知らない事はない。

鹿野社長とは、松茸の交易で、長い交友関係が続いている。

今後、このご縁で、また世界が広がるのであろう。

日韓の歴史の事、文化のこと、映画、音楽、食の事など・・・・

共通し共感する所が多く、一遍に心が開かれ、打ち解けあう。

反日反韓でわだかまる中、真の友達でいることの幸い。

これから、両国の架け橋としてお手伝い出来ればと思っている。

朝から、経理部長の斉藤秀子さんによる韓国語講座を開いて、にわか仕込み。

アンニョンハセヨ(こんにちは)、アンニョンヒカセヨ(さようなら)、そして、

トマンナヨ(また会いましょう)をみんなで頭に入れる。

しかし、泊まるなよ(?)がまた会いましょう、とは面白い。

顔を会わせるなり、言葉が飛んでしまっている。

でも、一言の言葉が、両国の心を開いて、親しくさせる。

どんなにか、笑顔に笑顔が増えた事だろうか。

今日の主役は斉藤さん、日頃の韓国語勉強(今はフランス語だけど)役に立ったね。

「積極歓迎」の垂れ幕も、直前にみんなして調べて書いて垂れ下げた俄か作り。

でも、そんなみんなの心が、通じたのか、とても楽しい友好が出来た。

ありがとうございます、このご縁、そしてみんなの協力。

3月、韓国行きがあるかもしれません。

「熊本の名校長・最後の授業」

月曜日, 2月 13th, 2012

                                   

大畑 誠也

(九州ルーテル学院大学客員教授)
        
            『一流たちの金言2』より~
            ───────────

私が考える教育の究極の目的は
「親に感謝、親を大切にする」です。

高校生の多くはいままで自分一人の力で
生きてきたように思っている。
親が苦労して育ててくれたことを知らないんです。

これは天草東高時代から継続して行ったことですが、
このことを教えるのに一番ふさわしい機会として、
私は卒業式の日を選びました。

式の後、三年生と保護者を全員視聴覚室に集めて、
私が最後の授業をするんです。

そのためにはまず形から整えなくちゃいかんということで、
後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、
生徒をその横に正座させる。
そして全員に目を瞑らせてからこう話を切り出します。

「いままで、お父さん、お母さんに
 いろんなことをしてもらったり、
 心配をかけたりしただろう。
 それを思い出してみろ。
 
 交通事故に遭って入院した者もいれば、
 親子喧嘩をしたり、こんな飯は食えんと
 お母さんの弁当に文句を言った者もおる……」
 

そういう話をしているうちに涙を流す者が出てきます。

「おまえたちを高校へ行かせるために、
 ご両親は一所懸命働いて、
 その金ばたくさん使いなさったぞ。
 
 そういうことを考えたことがあったか。
 学校の先生にお世話になりましたと言う前に、
 まず親に感謝しろ」

そして

「心の底から親に迷惑を掛けた、苦労を掛けたと思う者は、
 いま、お父さんお母さんが隣におられるから、
 その手ば握ってみろ」
 
 
と言うわけです。

すると一人、二人と繋いでいって、
最後には全員が手を繋ぐ。
私はそれを確認した上で、こう声を張り上げます。

「その手がねぇ! 十八年間おまえたちを育ててきた手だ。
 分かるか。……親の手をね、これまで握ったことがあったか?
 おまえたちが生まれた頃は、柔らかい手をしておられた。
 
 いま、ゴツゴツとした手をしておられるのは、
 おまえたちを育てるために
 大変な苦労してこられたからたい。それを忘れるな」

その上でさらに

「十八年間振り返って、親に本当にすまんかった、
 心から感謝すると思う者は、いま一度強く手を握れ」
 

と言うと、あちこちから嗚咽が聞こえてくる。

私は

「よし、目を開けろ。分かったや?
 私が教えたかったのはここたい。
 親に感謝、親を大切にする授業、終わり」
 
 
と言って部屋を出ていく。
振り返ると親と子が抱き合って涙を流しているんです。

 「小さな電気屋の明るい経営術」

日曜日, 2月 12th, 2012

     
             山口勉(でんかのヤマグチ社長)

        『致知』2012年2月号「致知随想」
         ※肩書きは『致知』掲載当時のものです
                   http://ameblo.jp/otegami-fan/

………………………………………………………………………………………………

地元に大型量販店がくる――。
 
こんな話が私の耳に飛び込んできたのは、
町の電気屋「でんかのヤマグチ」が東京都町田市で、
創業三十年を過ぎた平成八年でした。

「噂で終わってくれ」

と願ったのも束の間、近隣にあっという間に
六店もの大型量販店ができたのです。

三十年以上商売をしてきた経験から、
売り上げが年に三十%近くも落ちることが見込まれ、
事実、三、四年の間に借金は二億円以上にまで膨れ上がっていきました。

まさに、会社が存続するか否かの瀬戸際です。
生き残るためにはどうするか。

悩みに悩んで私が出した結論は十年間で粗利率を十%上げ、
三十五%にすることでした。

当時大型量販店の粗利率の平均は約十五%で、
地元の電気屋が約二十五%程度でした。

周りからは、

「そんなことできっこない」

という声が
大多数でしたが、それ以外に
生き残りの術は浮かばなかったのです。

私がまず決めたのは、大型量販店のように
商品を安売りするのではなく、
逆に「高売り」することでした。

この頃当店は約三万四千世帯のお客様に
ご利用いただいていましたが、
これだけの数では本当の意味で
行き届いたサービスはできません。

そのため商圏をなるべく狭くし、
ターゲットを五十代からの
富裕な高齢者層に絞り込んで三分の一にまで縮小しました。

そして一万二千世帯のお客様には
他店では真似できないようなサービスを
とことんしようと決めたのです。

顧客数を三分の一に減らした分、
月一度行っていた訪問営業を月三回に増やす。

これによって、お客様との深い人間関係ができ、
商品が少々高くても購入してくださる方が
増えるだろうと考えたのです。

訪問の際にお聞きするのは、
お客様が生活される上での
ちょっとしたお困り事についてでした。

ひと昔前の日本では何か困り事があると
隣近所で助け合い、支え合うという
相互扶助の精神が息づいていました。

私が着目したのはこの部分です。

家電製品のデジタル化が進む一方で、
地元民の高齢化もどんどん進んでいました。

当然、家電の操作が思うようにできない方も多くなりますが、
お客様のお困り事はそれだけに限りません。
ご高齢、体の不自由な方は買い物に行くのも大変です。

そのため、当店では本業とは無関係なことも
徹底してやらせていただくようにしたのです。

お客様の留守中には植木の水やりをしたり、
ポストの手紙や新聞を数日保管したり、
大雨では代わりに買い物にも出掛けたり。

これらを我われは「裏サービス」と呼び、
お代は一切いただきません。

会社のモットーも

「お客様に呼ばれたらすぐにトンデ行く」

「お客様のかゆいところに手が届くサービス」

「たった一個の電球を取り替えるだけに走る」

などに定め、

「どんな些細なことでも言ってくださいね」

とお声がけをしながら十数年、社員パート合わせて
五十名で徹底して取り組んできました。

ただしお客様との信頼関係は
一朝一夕にできるものではありません。
私が粗利率の目標達成期間を一年や二年でなく、
十年としたのもそのためです。

悪い評判に比べ、よい評判が広がるには
かなりの時間がかかります。
しかし、この姿勢を愚直に、ひたむきに
貫いていったことで、結果的に
八年間で粗利率三十五%を達成することができました。

その目標達成のため、とにかく無我夢中で
取り組んできた私ですが、
この方向でいけるかなとなんとか思えるようになったのは、
粗利率を十%上げる方針に転換して
三、四年が経過してからのことでした。

経営者として小さな電気屋が六店舗もの
大型量販店との商売競争に勝つために
いったん決断はしたものの、
本当にそんな粗利率をクリアできるのか、
お客様は本当に買ってくださるだろうか、と悩み続けました。

「この判断は正しい」

「いや、ダメだ。うまくいかない」

という思いが年中、頭の中で争いをしているような状態……。
しかし、いつも最後には

「この道が正しいんだ」

という考えが勝ちを占めるよう心掛けました。

肝心なのは一度この道を行くと決めたなら、
途中で迷わないことではないでしょうか。
思うように結果が出ないと、
あの道もこの道もよさそうだと目移りしますが、
そのたびに

「成功するまでやってみよう」

と自分に言い聞かせる。

急ぐことはなく、ゆっくりでいいから
とにかく一歩一歩を着実に歩んでいくことが大事だと思います。

会社の存続が危ぶまれた大型量販店の出現から十四年。
しかしこの間、赤字決算が一回もないことには
我ながら驚きます。

さらに、一生返せないと思っていた
二億円以上の借金を三年前に完済することができました。

人間はとことんまで追い詰められ、
地べたを這いずり回るような思いで
必死になって取り組むことで
活路が開けるものなのかもしれません。

もしあの時、量販店がこの町田に来ていなければ、
今日のような高売りをしているとは考えにくく、
そう考えると逆にゾッと寒気すらします。

現在の日本も不況が続き、
出口の見えないような状況が続いています。

しかしデメリットばかりに目を向けて
内向き思考になってしまっては、
せっかく転がっているチャンスも逸してしまいます。

いまある常識やこれまでよしとされてきたことも、
本当にこれでいいのか、と根本から疑ってみることで、
チャンスが見つかることも少なくないはずです。

現状を打破する発想は、
ピンチの中にこそ生まれるのだと思います。

ヤンジーアグネス被災地報告

土曜日, 2月 11th, 2012

ヤンジー・アグネスから東北被災地の現地報告がありました。

エリクサー水を届けられ、みなさんに大変喜ばれている様子が写っています。

それにしても、津波の爪跡は未だ生々しく残っています。

復興はまだまだです。

石巻、木の屋石巻水産

投稿日 2012年2月9日


2月9日(木) 晴れ

仙台港に到着。
雪だった。

仙台港の周辺は、そのままの建物も結構あった。

石巻市に向かう。
訪ねたのは、(株)木の屋石巻水産
缶詰めの会社である。

震災当初、缶詰のラベルが剥がれて、瓦礫の中から、掘り出し、販売したりしていた。
掘り出しの作業も、多くのボランティアさんが関わっていた。

工場などは、地震や津波の被害があったもの事務所の二階から上はかろうじて残った。
なので、11月から一階は、缶詰工場、二階は事務所としてオープンしている。

また、リスク分散のために、山の方にも工場を作ったそうである。

周りの街並みも、まだまだ家を取り壊していたり、復興への道のりは遠いものの確実に前に向いている。
石巻周辺の街並み。


地元商店街を案内してもらう。
商店街でお店を失った方々がいくつか集まって商店を再開していた。
商店街にあった中華料理店、魚屋さんなど。


木村社長とやんじー。

木村社長は、石巻市出身でずっと石巻市に暮らしている。

二代目で、クジラ缶詰めを先代のお父さんが始めたそうだ。

周辺の街並みと青い空。


実は、チームやんじーは、この近辺に何度か炊き出しに三月四月に来ていた。
街並みをみて思い出した!

あのとき炊き出しに食べにきたみなさんはどうしてるかなあ?
震災後すぐだったので、みなさん顔は、こわばり、あたたかいものを久々に口にして泣いてる方もおられた。
また、壮絶な話もきいた。

みなさん、元気にされてるだろうか?

木の屋石巻水産には、ボランティアさんからの書き置きがびっしり!

誰かが前にすすまないと進んでいかない。
前にすすんでる人をみて元気や勇気をもらってる人もいる。
木村社長の言葉が印象的でした。

実際、商店街に買い物に来られた方が、『一階が再開したんだね。応援してるからね。』

という声を木村さんにかけてる方もいました。

お米10袋とエリクサー水二箱を届けました。

実際、従業員の中でも、被災された方やお亡くなりになられた方もいるそうです。

人間が第六感を忘れ、便利な方便利な方に目を向けて、自然と共に生きる暮らしを忘れてしまったというのが、

今回の震災で教えられたのでは。という言葉が印象的でした。

木の屋石巻水産の鯨の缶詰めと瓦礫から生き残った缶詰めをいただきました。

貴重なものをありがとうございます。

文、写真 アグネス

カテゴリー: 東北地方太平洋沖地震   パーマリンク

TV「エコの作法」寺田本家さん

金曜日, 2月 10th, 2012

●BS朝日 エコの作法 再放送●
2月17日(金) PM10:00~10:54

 

写真家エバレットブラウンさんをナビゲーターに日本の発酵食品文化が紹介された

BS朝日“エコの作法”「麹×醸す」が再放送されます。

その中で寺田本家さんが紹介されています。ぜひご覧ください。
● 発酵食品は日本の古くから伝わる伝統の食文化。

特に「麹」を使った発酵食品には生活に欠かせない味噌や醤油が、そして日本酒が挙げられる。

保存食としての「麹」を探りながら、日本人の食とエコの関係に迫ります。  

 エコの作法HPはこちらから 

日本人は発酵という自然から学んだ方法で、自然からの恵みである食材を大切にして来たのです。

千葉県。利根川のほとり、香取郡。
創業300年以上の、寺田本家。
蔵ではたらくのは、6人の若き蔵人たち、みな、この蔵の酒造りにひかれて全国から集まってきました。
彼らがここにひきよせられたのは、失われた日本古来の酒造りをもう一度、今に甦らせるということ。
酒は手をかければかけるほど、美味しくなる。
目には見えないけれど、そこにいる。
微生物たちがちゃんと働くため蔵人は、ただただ その環境を整え続けます。
酒の一滴一滴を磨きあげるのは、蔵人たちの熱い思い。
小さな命の息吹を心の目と耳で感じて、酒をつくります。
目に見えない命を育てる蔵人たち。
その口から出てきたのは、自然への感謝と謙虚な言葉でした。
発酵の力は、時に人の有り様をも変えて行くのです。

女流仏画師 国井愉希子さん

金曜日, 2月 10th, 2012

厚別の石丸さん(以前まほろばで働いていました)が、今画に凝っていて、

洋画と仏画、二つながら修学されているという。

なかでも、「仏画の先生は、国井愉希子さんという女性でとても美人なので、

社長、是非会ってください」と、先日一緒に作品を携えて来店された。

確かに、美人でしかも若いのには驚かされた。

この方が、何故仏画を、しかもチベットのタンカを描かれるのか、不思議だった。

美術短大を出られたといっても、こんなカビの生えたような古色蒼然とした世界に

魅惑され足を踏み入れたというのは、やはり前世という世界があって、

向うから引き継がれ今在るのかな、と思ったりもする。

その精緻なタッチと、清浄な気が立ち上がる画面は、人をして聖化させるに違いない。

数年、ネパールの古都バクタプルで素晴らしい先生について、研鑽を積まれた。

仏教には、女人成仏や女人禁制という男尊女卑の風習があり、カースト制度のように厳しい。

だから、仏画を女性が描くということは、今まであり得なかったという。

それが、異国外国の女性ということで、その枠が何故か外され、入門が許されたのだ。

これも、時代の為せるわざか、チョッとしたキッカケが、人ばかりか、世界をも突き動かす。

国井さんの登場で、広く門戸が開かれ、文化の伝承を押し拡げるであろう。

彼女のこれからのご活躍を祈りたい。

お会いした即日で、まほろばでの個展と教室を開催されることが早々と決定した。

6月7日から11日まで「仏画個展」、(8,9,10日は「感謝デー」)、

11日に写仏教室を開く。

これを、キッカケに定期的に、開催されるようになるのかもしれない。

すでに市内各所でも、写仏・仏画教室を開かれおられるので、ご都合のつかれる方々はご参加ください。

先日、浜松大の高田明和教授が、「責めず、比べず、思い出さず」の本で、鬱の脱出法の一つに、

意外に、読経・念仏、写経・写仏、座禅などの仏教修行が、大脳生理学的にも、

極めて効果のあることを書いていらした。

仏画はきっと鬱積した心の暗雲を飛ばしてくれるのだろう。

面白いことに、この高田先生、著名な医師でもあり、

長寿、長生きには、肉を食べなさい、と生理学・栄養学的にも進言している。

まほろば食養理論と通ずるところがあるのだが、

ちなみに、チベットのラマ僧は肉食である。野菜が生産されないのだ。

かように、チベット仏教の仏画(タンカ)の背景には、混沌としたカオスの世界がある。

如来仏とダキニの男女交合図のタンカなどは、聖なる宗教としてビックリするのだが、

これには、陰陽の大調和、慈悲と智恵の融合、生死の祝福などの哲学思想が隠されている。

そんな意味でも、仏画を描くことで、この宇宙の深層を垣間見ることが出来る。

いわば、悟りへの扉が開かれるのであろう。

札幌の身近で、なかなか見ることも描くことも出来ないチャンスが今到来している訳だ。

是非、6月には、生の原画をご覧になってください。

また、購入も可、さらに、最終日には、描くことが出来ますので、今からご予約をください。

国井先生とも、ゆっくりお話しすることが出来ますので、お楽しみに。

「イレブンの心得」

金曜日, 2月 10th, 2012

      
 佐々木 則夫 (サッカー日本女子代表監督)

      『致知』2012年3月号
       特集「常に前進」より
         

─────────────────

私は結構ずぼらな性格なものですから、
自分自身をチェックする項目として
「11(イレブン)の心得」というものをつくっているんです。

1、責任
 
  2、情熱
 
  3、誠実さ
 
  4、忍耐
 
  5、論理的分析思考
 
  6、適応能力
 
  7、勇気
 
  8、知識
 
  9、謙虚さ
 
  10、パーソナリティー
 
  11、コミュニケーション
 
 
の11項目で、これらのうち1項目でもゼロ、
もしくはゼロに近い値があれば、
その人に指導者の資質はないと考えています。

僕の部屋にもこの項目が全部紙に書いて張ってありますが、
キャンプに行った時とか、次のトレーニングのことを考える時、
あの選手と話した時に俺の対応が横柄だったなとか、
フォローがなかったなといったことを一つひとつチェックするんです。

この解釈の仕方も皆さんとは少し異なるかもしれませんが、
例えば「責任」というのは僕個人の狭い範囲ではなく、
自分が日本の女子サッカーの将来を担っているのだという意味合いです。

また、代表選手については、僕がいつも選抜をしているんですが、
その時のキャンプの状態を見て、
次は選ばれるか選ばれないかという緊迫した状況の中で
選手はやっているのに、僕の背中に「情熱」が
感じられなかったらよくないだろうと。

こういうチェックを一つひとつ自分でしていかないと、
ずぼらな僕はつい流されていってしまいますし、
スタッフも逐一

「監督、きょうは全然情熱なかったですよ」

なんて言わないと思うんです(笑)。

ただ、指導をする時にあんまりこのことばかり考えていたら
動きが取りづらいので、選手の皆には自分の中の、
ある一線については予め伝えてあるんですよ。

例えば総務の子が皆に何かを伝達しているのに、
返事をしていないなんて時には、
その一線から出ているので僕は叱りますね。

トレーニングでも、失敗を恐れて
全然チャレンジしていないような子がいたら、
やはりガツンと叱る。

その時に

「あの子、なんで則さんに怒られたか分かる?
 ミスを怖がって自分のプレーを全然してないからよ」
 

というふうに、誰が見てもその基準が分かるようには
なるべくしているつもりです。

七戸さんと大石さん

木曜日, 2月 9th, 2012

来る3月24日に、「めんこい会」を開くセントモニカさんの七戸千絵さんが、

今朝の道新「札歩路」に紹介され、嬉しく思いました。

そこに突然、彼女が現れ、大石さんという女性を連れて来られてビックリ!

スッカリ、アポイントを忘れていました、それにしてもこれもシンクロですね。

「Super Organic Store」を主催されている大石利佳さん、一年ほど前に札幌に住まわれ、

その頃から、まほろばを利用してくださっていました。

都内で生まれ、長くアメリカ・フランスでオーガニックライフを実践されて来られ、

若くして意識が高いのに感銘し、たのもしく思えました。

近く、東京の広尾で同名のオーガニック・ショップを開店する予定とか。

今、都内の若いお母さん方は、3・11以降、食に対する意識が高まり、

単に、有機や無農薬・無添加というばかりでなく、放射能の数値を明記した食品を求められていて、

ことにベビーフードや乳製品など、お子さんの摂取するものには、神経を尖らせております。

もっともなことで、我が子を守りたいお母さんの切実な叫びでもあります。

この期待に沿えるよう、まほろばでも出来る限りのことを支援させて頂きたいと思っています。

彼女の活動内容は、下のHPのブログをご覧ください。

http://rikaoishi.blogspot.com/

Do your life follow your VISION?

SuperOrganicStore Project is up coming soon☆Join our Super Organic Road project today!

ビジョンのある人生歩んでいますか?

スーパーオーガニックストア出店へ向けて邁進中☆

欧米の生活が長かったせいか、論理的な筋立て、明快な意識は、

とても歯切れ良く、気持ちよくお話しを伺うことが出来ました。

これから、こういう若い女性のパワーが日本を切り開いてゆくのでしょう。

期待するところ大なるものがあります。

最後に、大石さんの推薦映画をご紹介します。

「EL Buri エル・ブリ」 料理人 フェラン・アドリアの創作世界のドキュメンタリー。

現在、札幌シアターキノにて上映中。

http://www.elbulli-movie.jp/