まほろばblog

Archive for 9月 15th, 2011

「やんじー基金」ありがとうございます

木曜日, 9月 15th, 2011

(やんじーブログより・・・ アシリレラさん(左)やyae(加藤登紀子さんの娘さんで歌手)さんなどと・・・)

今も、精力的に救援活動されているやんじーグループ。

十勝での種まきやコミューン造りなど、相変わらずの忙しさ。

http://mouth-mountain.greenwebs.net/ (やんじーHP/ブログ)

お蔭様で、みなさまから「やんじー基金」(8/2~9/14)

¥83.454を、送金することが出来ました。

ありがとうございました。この場をかりてお礼申し上げます。

引き続き、ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

継続は真心なり。

一過性に終わることなく、末永く運動を続けて参りたいと思います。

「へうげもの」に味噌紹介される

木曜日, 9月 15th, 2011

利休が大成させた茶の道。

これをを継承しつつ大胆かつ自由な気風を好んだ「へうげもの」こそ山城大名、古田織部であった。

その奇想天外な茶器は今も珍重され、製作・建築・造園などにわたって「織部好み」と呼ばれ、

その一大流行を安土桃山時代にもたらした。

その生涯を描いた漫画『へうげもの』。

『へうげみそ』の由来でもあった。

想定外の味噌。

これぞ古田織部も「あっつ!!!」と

驚くべき味噌であったのだ。

詳しくはまほろばHP 「『NEWへうげみそ』完成!!」

をご参読のほどを。

http://www.mahoroba-jp.net/about_mahoroba/tayori/topix/topix201109heuge.html

『へうげもの』作者・山田芳裕氏より・・・・・

http://www.facebook.com/photo.php?fbid=268109116547163&set=pu.214712495220159&type=1#!/photo.php?fbid=268109119880496&set=pu.214712495220159&type=1&pid=945116&id=214712495220159

札幌市の自然食品の店〈まほろば〉の宮下社長が、究極の新製品をお送りくださいました。

『へうげもの』にインスパイアされたとのこと。

けっこうカラダに気をつかう山田芳裕、大感激です。

ネーミング中の「NEW」がサイコーとのこと。

味噌としてはかなり高価ですが、それだけ渾身の逸品と見た。

興味のある方はお求めください

http://www.facebook.com/photo.php?fbid=268109116547163&set=pu.214712495220159&type=1#!/photo.php?fbid=268109116547163&set=pu.214712495220159&type=1&pid=945115&id=214712495220159

★☆ 『一流たちの金言』の金言 ☆★

木曜日, 9月 15th, 2011

  

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●松下幸之助(パナソニック創業者)
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   商売というのは、不景気でもよし、
   好景気であれば、なおよしと考えなければいけない。
   商売上手な人は、不景気に際して
   かえって進展の基礎を固めるものだ。

●城山三郎(作家)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   普通にやるんじゃない。大いにやるのでもない。
   とことん徹底して、事が成るまでやめない。
   そういう「魔」としか言いようのない情熱、狂気。

   根本にそれがあるかないかが、
   創業者たり得るか否かの分水嶺でしょう。

●永守重信(日本電産社長)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    物事を実現するか否かは、
    まずそれをやろうとした人が
    “出来る”と信じることから始まる。
 
    自ら“出来る”と信じたときに
    その仕事の半分は完了している。

●塚越寛(伊那食品工業社長)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  私が思うに、積極的な生き方をする人が運をつかむ。
  信州言葉で「ずくのある生き方」ということになるかな。

  積極的な生き方とは、進んで汚れ役だとか、
  苦労だとかをかって出る人、
  急がば回れという生きざまを持つ人に運がついてくる。

●桜井章一(雀鬼)
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  私はね、人間というのは「準備、実行、後始末」が
  大事だと言っているんです。

  物事を行うということは、
  すべて「準備、実行、後始末」なんです。
  ところが、後始末をできる大人が、いまは皆無ですね。

●藤居寛(帝国ホテル顧問)
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   信用、すなわちブランドを構築するには10年かかる。 
  しかし、そのブランドを失うのはたった10秒なのです。

  そして失った信用、ブランドを盛り返すには
  また10年かかるということです。
  長い時間をかけてつくり上げたブランドも、
  たった10秒で崩れます。

  帝国ホテルではこれを
  「10・10・10(テン・テン・テン)の法則」と
  言っています。

●今野華都子(タラサ志摩スパ&リゾート社長)
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  自分を育てるための三つのアプローチ――。

  まずは笑顔、
  次に「ハイ」と肯定的な返事ができること、
  人の話を頷きながら聞くということ。

  最低限この三つができているかどうかで
  人生が大きく違ってきます。

●貴城けい(女優)
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  《ブスの25箇条》
  
  ・笑顔がない
  ・お礼を言わない
  ・おいしいと言わない
  ・目が輝いていない
  ・精気がない
  ・いつも口がへの字の形をしている
   (以下略)

「百里への道の半分は九十九里」

木曜日, 9月 15th, 2011

       
       
            小田豊四郎(六花亭製菓代表取締役)
        
            『致知』1993年1月号
             特集「奇蹟」より
            

                    ※肩書きは掲載当時です。

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【記者:最も厳しかった時期はいつごろでしょうか?】

やはり、(母の弟から)事業を引き受けた当時が
一番厳しかったですね。
二十一から二十三歳までの三年間です。
寝る間も惜しんで働きました。

そのときに私を支えてくれたのは、
札幌の千秋庵のご主人からいわれた二つの言葉でした。

一つは

「ともかく一所懸命に働け」、

もう一つは

「どんなに高くてもいいから一番いい原料を使って、
 だれにも負けない一番おいしいお菓子を作れ。
 百しか売れないときには利益がなくても、
 五百売れるようになると必ず利益が出るようになる」と。

この二つの言葉を、いまも経営の基本方針にしております。

困ると、「札幌のご主人からこんなことをいわれたな。よし
もう一遍頑張ろうか」ということで、非常に頼りになりました。

【記者:最初の三年間を乗り越えたきっかけのようなものは
    ありましたか?】

はい。三年間、母と二人で毎月、支払いに追われ、
売り上げは伸びずで、

「豊四郎、なかなか儲からんから駄目だろうか」

と母がいえば、私が

「せっかくここまで頑張ったんだから、もう少しやってみよう」

といい、私が

「おっかさん、やめようか」

といえば、母が

「いやいや、このお正月、クリスマスから
 年の暮れをやってみたら何とかなるかもしれない」
 
 
という具合に、お互いに積んだり崩したりしながら
やっとやっていましたんですがね、
昭和十四年の夏に、お金にいよいよ詰まってしまいました。

そして二人でようやくやめる話がついたんです。

それが八月のことで、九月に札幌の原料屋さんが来まして、
私の顔を見るなり

「おっ、おまえは金が欲しいな」というのです。
「わかりますか」といいましたら
「う一ん、おまえの顔に書いてある」というのですね(笑)。

そして「いくら欲しいんだ」というので

「五百円あったら当座の借金は返せる」

と話したら、

「五百円貸してやるから、
 これを借金を払うのに使っては駄目だよ。
 これで砂糖を買ってこい」

というのです。

それで砂糖屋さんに買いにいきました。
大きな馬車に二台分はありましたね。
そうしましたら、その年の十一月に
物価統制令が施行になりましてね。
それで砂糖が配給になったんです。

本当に間一髪でした。
それまではお菓子を買ってくださいといって売りにいったものが、
砂糖が配給になりますと、お菓子も配給になる。

配給になると、もらっておかないと損ということになり、
皆さん配給券を持って買いにこられる。
つい先だってまでは作っても売れずに処分していたのが、
全部売り切れになる。

戦争のおかげというととんでもないのですが、
僕の場合は本当に戦争のおかげで危機一髪のところを
何とか乗り越えたのです。

いま、社内の者にもよく話をするのですが、
やっぱり最後まであきらめないで、
本当に最後の力を振り絞ってやってこそ、
人生の味のようなものがあるような気がします。

百里への道の半分は五十里ではなくて、
九十九里が半分ですね。

実にタイミングよく恩人ともいうべき人が現れ、
まさに奇蹟のようなものですが、
それも、その前の三年間のどん底の経営、
いわば九十九里の努力の下地があったからこそだと思っています。